『きみが死ぬまで恋をしたい』は、穏やかな少女たちの日常と戦争による喪失を重ね、「限りある時間に誰かを愛する意味」を描く百合ダークファンタジーです。
「鬱で辛い」と感じる場面は確かにあります。ただ、悲劇だけを売りにした作品ではなく、シーナとミミを中心とした関係性、静かな心理描写、美しい日常の映像表現まで含めてこそ、本作の面白さが見えてきます。
※本記事では、2026年9月6日時点で放送済みのアニメ第9話までの内容と、作品を理解するために必要な原作設定に触れます。第7話以降の重大な展開についても言及するため、未視聴の方はご注意ください。
なお、「君が死ぬまで恋をしたい」と検索されることもありますが、正式タイトルは『きみが死ぬまで恋をしたい』です。
『きみが死ぬまで恋をしたい』は面白い?評価から先に結論
結論から言えば、人物同士の距離がゆっくり変わる作品、穏やかな日常の裏に不穏さが潜む作品、恋愛と死生観を一緒に味わいたい人にはかなり相性のいいアニメです。
一方で、毎話大きな事件が起こるスピード感や爽快なバトルを期待すると、序盤を「遅い」と感じる可能性があります。
僕なりに相性を整理すると、こんな作品です。
見たいもの 相性
少女同士の繊細な関係性 ◎
日常とシリアスの落差 ◎
心理描写・余韻 ◎
美術や音楽を含めた雰囲気 ◎
派手なバトルの連続 △
テンポ最優先の展開 △
重い展開を避けたい △〜×
原作は、あおのなち先生による漫画です。TVアニメ公式では原作を「コミック百合姫/一迅社刊」と紹介しており、アニメ公式ニュースではWEBマンガサイト「一迅プラス」で連載中と案内されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1
2026年7月16日にはコミックス第9巻が発売されました。第9巻ではシーナたちが15クラスへ進級し、授業でも模擬戦が増えることで、学生生活そのものがさらに戦場へ近づいていきます。同日には初の公式コミックアンソロジーも刊行されています。一迅社WEB+1
TVアニメは2026年7月7日に放送開始。監督は友田康さん、シリーズ構成・脚本は花田十輝さん、キャラクターデザインは油布京子さん、アニメーション制作はROLL2が担当しています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1
主要キャストは、トツキ・シーナ役が高橋李依さん、カガリ・ミミ役が日高里菜さん、リジィ・セイラン役が瀬戸麻沙美さん、モード・アリ役が石川由依さん。フラン役を内山夕実さん、オミ役を茅野愛衣さんが演じています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
評価の目安として、2026年9月上旬のFilmarksでは表示評価が3.7、レビュー468件。評価分布は4.1〜5.0が33%、3.1〜4.0が46%で、3.1以上が合計79%となっています。数値は今後変動するため、あくまで記事執筆時点の参考値です。Filmarks
もちろん、3.7という数字だけで「面白い」「面白くない」を決めることはできません。
むしろ注目したいのは、個別レビューでも脚本や映像を高く評価する人がいる一方、百合要素や物語の進み方が自分には合わないと感じる人も確認できることです。Filmarks+1
つまり『きみ死ぬ』は、完成度以前に視聴者へ求める「感情の速度」が独特な作品なんですよね。
このアニメは、敵を倒して勝つ、謎が次々解ける、大きな目的を達成する、といった分かりやすい快感を毎話積み重ねるタイプではありません。
一緒に食事をする。
同じ部屋で眠る。
花を見る。
友達の帰りを待つ。
そうした「事件ではない時間」に、かなりの比重を置いています。
でも、その時間があるからこそ、戦争によって誰かがいなくなった瞬間の痛みが大きくなる。
『きみが死ぬまで恋をしたい』の面白さは、「次に何が起きるのか」だけでなく、「失われるかもしれない日常をどれだけ愛おしく見せられるか」にある。
僕はまず、ここを本作最大の特徴として挙げたいです。
『きみが死ぬまで恋をしたい』が鬱・辛いと言われる理由は?
『きみが死ぬまで恋をしたい』が「鬱」「辛い」と言われる最大の理由は、身寄りのない少女たちが戦争用の兵器として育てられ、死と学校生活が切り離されていない世界だからです。
公式イントロダクションでも、舞台は身寄りのない子供を戦争用の兵器として育てる学校であり、14歳のシーナは「死と隣り合わせであることが当たり前」とされる環境を受け入れられずにいます。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1
ここが本作を見るうえで、ものすごく重要です。
戦争が「学校を卒業した後の話」ではない
シーナたちは、私たちが知る学校生活と似た時間を送っています。
授業を受ける。
食事をする。
友達と話す。
部屋へ帰る。
眠る。
ところが、その生活の延長線上に戦場があります。
普通の学園作品なら、学年が上がることは未来へ進む明るいイベントとして描かれるでしょう。
しかし『きみ死ぬ』では、成長するほど戦争が近づいてくる。
原作第9巻の紹介でも、15クラスへ進級したシーナたちは模擬戦の増加によって、生活が徐々に戦場へ近づいていることが明示されています。一迅社WEB
大人に近づくことが、生存へ近づくことを意味しない。
このねじれが、本作全体に薄い緊張感を与えています。
そして主人公のシーナは、最初から世界をひっくり返せる英雄ではありません。
戦争がおかしい。
人が死んで悲しまないなんておかしい。
誰かが傷つくことを当然にしたくない。
そんな、ごく普通の感覚を持った14歳です。
僕はここがシーナの主人公としての強さだと思っています。
特殊な力があるから視聴者の代表なのではなく、異常な環境の中でも「これは普通じゃない」と感じられるからこそ、僕たちはシーナの目を通してこの世界を見られるんです。
ミミの強さは「希望」だけではない
カガリ・ミミは、幼い外見と無邪気な性格からは想像できないほど高い戦闘能力を持ち、公式キャラクター紹介でも「学校の秘密兵器」と噂される少女です。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
第2話「ちゃんと痛いよ」では、シーナが模擬戦で大きな負傷をし、ミミの常識外れの力が改めて描かれます。公式あらすじでも、ミミの治癒に関わる能力と、この学校の危険な日常が具体的に示されました。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
ここで面白いのは、ミミの強さを単純な「チート能力」として爽快に描いていないところです。
強い。
簡単には命を失わない。
傷ついても戻ってこられる。
普通のバトル作品なら、どれも頼もしい長所になるでしょう。
ところが戦争が続く世界では、見え方が変わります。
何度でも帰ってこられるなら、何度でも戦場へ送り出せてしまう。
強さが自由につながるのではなく、兵器としての価値につながってしまうんです。
しかも第2話のタイトルが象徴するように、傷つくことそのものが無意味になるわけではありません。
「死なない」と「苦しくない」は同じではない。
ここを分けて描いているから、ミミの能力は便利な設定ではなく、作品の残酷さそのものになっています。

第7話・第8話で「死」が設定から現実になる
本作の辛さを決定的にするのが、リジィ・セイランとモード・アリの物語です。
第7話「もう怖くないよ」ではセイランの戦闘実力試験が行われ、圧倒的な実力差のあるミミと対峙します。
思うような結果を出せず苦しむセイランは、ミミへ「何のために戦っているのか」を問います。そしてその一方で、セイラン自身の戦場への派遣も決まります。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
ここまでなら、「危険な任務へ行くキャラクター」という物語は珍しくありません。
ところが第8話「ただいま」で、本作は逃げません。
アリとセイランは、一つの毛布で眠ったり、一緒に掃除をしたり、休日を共有したりするほど深い信頼と愛情で結ばれていました。
そして公式あらすじでは、セイランが戦争で命を落としたことが明確に示されています。残されたアリが遺品を整理する場面へ、シーナとミミが寄り添います。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
僕がこの第8話で特に効いていると感じるのは、「死そのもの」よりその前です。
一緒に眠る。
掃除をする。
休日を過ごす。
やりたかったことを二人でやる。
要するに、徹底して「普通の思い出」を作ってから別れを描く。
もしセイランが、戦闘能力と設定だけを説明されたキャラクターだったら、ここまでの痛みは生まれません。
人がいなくなったことより、その人と過ごしていた時間まで戻らないことが悲しい。
『きみ死ぬ』はそこを分かっている作品です。
そして第7話では、セイラン役の瀬戸麻沙美さんとアリ役の石川由依さんによる特殊エンディング「スターチス」が使用されました。
楽曲はFtyさんが作詞・作編曲を担当。友田康監督が絵コンテ・演出、原作者のあおのなち先生がエンディングイラストを担当しています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
本編が終わった瞬間に通常運転へ戻さず、エンディングまで使って感情を受け止める。
こういう設計を見ると、本作が「キャラクターを退場させて視聴者を驚かせたい」のではなく、残された側の感情まで含めて喪失を描こうとしていることが伝わってきます。
『きみが死ぬまで恋をしたい』の感想・作画評価は?賛否が分かれるポイント
『きみが死ぬまで恋をしたい』の評価が分かれやすい理由は、百合・戦争・日常のどれか一つだけを主役にしていないことだと僕は考えています。
恋愛を中心に期待すると、戦争が思った以上に重い。
ダークファンタジーを期待すると、食事や会話の時間が長い。
バトルアニメを想像すると、戦闘以外の時間がかなり重要になる。
この独特な比率が、刺さる人と合わない人を分けています。
百合と戦争は別々の要素ではない
僕は本作について、「百合要素と戦争要素を混ぜた作品」と考えると、少し魅力を取りこぼすと思っています。
なぜなら、この二つは別々に存在しているのではなく、
戦争があるから、誰かを好きでいる時間の価値が変わる
という形でつながっているからです。
たとえば、シーナとミミが一緒に食事をしているだけの場面。
平和な学園アニメなら、かわいい日常シーンとして受け止められるでしょう。
でも『きみ死ぬ』を見ている視聴者は、ミミが戦場へ行く可能性を知っています。
セイランが帰ってこなかったことも知っている。
すると「今日も一緒に食事ができる」という事実そのものが、少しだけ特別に見えてきます。
笑顔がかわいいから安心する。
でも、かわいいから失ってほしくなくなる。
幸福と不安が同じ場面に存在する。
この感情の二重構造こそ、本作ならではの味です。
「テンポが遅い」は弱点でもあり武器でもある
テンポについては、正直に言えば好みが分かれます。
世界設定だけを効率よく説明しようと思えば、もっと速く進めることはできるでしょう。
ミミの能力。
学校の仕組み。
戦争の状況。
キャラクターの過去。
こうした情報をどんどん出せば、物語上の進行速度は上がります。
でも、その代わりに失われるものがあります。
それが「この子たちが本当にここで暮らしている」という感覚です。
セイランとアリの掃除。
シーナとミミの会話。
食事。
草花。
寮の時間。
一見すると物語を止めているように見える場面ほど、後の感情を成立させる貯金になっている。
だから僕は、本作の遅さを「展開が遅い」のではなく、「感情を急がせない演出」と捉えています。
もちろん、それを退屈に感じる人がいるのも自然です。
ここは無理に「分からない人がおかしい」と言うところではありません。
作品と視聴者の相性が、かなりはっきり出る部分です。
作画が綺麗と言われる理由は「かわいい」だけではない
アニメーション制作はROLL2。
キャラクターデザインは油布京子さん、美術デザインは綱頭瑛子さん、美術監督は中田洵輝さん、色彩設計は中野尚美さんと永井唯香さんが担当。音楽は橋本由香利さんと未知瑠さんです。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
『きみ死ぬ』の画面で印象に残るのは、残酷な世界なのに、学校の日常が驚くほど柔らかく見えることです。
草花がきれい。
食事に温度がある。
少女たちの表情がかわいい。
部屋で過ごす時間が落ち着いている。
光の入る場所はしっかり明るい。
ここが重要なんです。
ずっと暗い画面にしてしまえば、視聴者は最初から「危険な世界だから何か起こる」と身構えます。
ところが『きみ死ぬ』は違う。
先に「ここでずっと暮らしていてほしい」と思わせる。
そこへ戦争が入ってくる。
暗い世界を暗く描くのではなく、美しい日常を見せることで、その日常が失われる怖さを強くしている。
僕は、この発想こそ本作の映像面で一番評価したいところです。

さらに制作スタッフを細かく見ると、面白いポイントがあります。
OP映像では愛甲剣士さんが「料理・草花作画監督」としてクレジットされています。第7話でも同じ役職が置かれています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1
これ、単なるスタッフ豆知識として流すにはもったいない情報です。
料理や草花は、本作にとって戦闘ほど派手な要素ではありません。
それでも専門的に作画を監督する役職が置かれている。
つまり制作側が、戦場だけでなく「戦争ではない時間」を視覚的に成立させることにも力を使っていると読み取れるんです。
食事や花は、少女たちが兵器になる前に「生活している人間」であることを思い出させるものでもあります。
だから僕は、本作の作画評価は「キャラがかわいい」「背景が綺麗」だけで終わらせたくありません。
何を綺麗に描くかまで物語とつながっている。
ここが『きみ死ぬ』の映像表現の強みです。
声優と音楽が「静かな痛み」を完成させる
シーナ役の高橋李依さん、ミミ役の日高里菜さん、セイラン役の瀬戸麻沙美さん、アリ役の石川由依さん。
この4人を中心とした芝居も、派手に感情を叫ぶだけではなく、少女らしい柔らかさと危うさを両立させています。
OPテーマはReoNaさんの「Amore」。作詞・作曲・編曲はPanさんが担当しています。
OPアニメーションでは堀雅歩さんが絵コンテ・演出・原画を担当し、油布京子さんが作画監督を務めています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
通常EDはsajou no hanaの「エテルネル」。
公式のアーティストコメントでは、「エテルネル」がフランス語で「永遠」を意味し、今一緒にいる人との時間の尊さをテーマにしたことも語られています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
この「永遠」という言葉が、死が身近な『きみ死ぬ』で使われるのも意味深いですよね。
アニメ化の価値は、原作の絵を動かすことだけではありません。
声。
音楽。
沈黙。
画面を切り替えるタイミング。
エンディングへ入る瞬間。
漫画では読者が自分で決めていた「時間」を、アニメでは制作側が演出できる。
第9話まで見た僕の感想としては、『きみ死ぬ』は原作の持つ「静かな痛み」を、音と時間を使って別の形へ翻訳しているアニメ化だと感じています。
『きみが死ぬまで恋をしたい』はどんな人におすすめ?
『きみが死ぬまで恋をしたい』は、誰にでも無条件でおすすめできるタイプではありません。
むしろ、好みが合ったときに深く刺さる作品です。
特におすすめしたいのは、次のような人です。
- 人物同士の距離がゆっくり近づく物語が好き
- 日常とシリアスの落差に弱い
- 百合だけでなく世界観や死生観も楽しみたい
- ストーリーの速さより心理描写を重視する
- 美術・音楽・声優の芝居まで味わいたい
- 幸せな日常そのものが伏線になる作品が好き
反対に、重い展開や主要人物の死が苦手な人は注意したほうがいいでしょう。
また、少女同士の深い愛情や恋愛が作品の中心にあるため、その要素自体が苦手なら相性は良くない可能性があります。
「百合が得意ではないけれど、人間ドラマとして見られる?」という人なら、個人的には一度試してみてもいいと思います。
シーナとミミの関係は、いきなり大恋愛として完成した状態から始まるわけではありません。
出会う。
気になる。
一緒に過ごす。
心配する。
相手のことを知る。
帰ってきてほしいと思う。
自分に何ができるか考える。
そうやって少しずつ「他の誰でもない人」へ変わっていきます。
百合というジャンル名以上に、誰かが自分にとって特別になっていく過程を丁寧に見るアニメと考えると、入りやすいでしょう。
また、第1話だけで判断すると、本作の本当の重さまではまだ見えにくいです。
第2話でミミの能力と学校の危険性が具体化し、第7話・第8話でセイランとアリを通して「本当に帰ってこないことがある」と突きつけられる。
そして第9話になると、物語は喪失を描くだけではなく、シーナが「自分は何ができるのか」を考える段階へ進みます。
第9話「わたしの魔法」では、セイランの死を受けたミミとアリの姿が描かれます。
そんな中、シーナはミミの居場所であり続けるためフラン先生へ自分の魔法を見てほしいと頼み、攻撃魔法ではなく治癒魔法への適性を見いだされます。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
さらに公式サイトでは第10話「忘れない日」のあらすじも公開されており、シーナがフラン先生のもとで治癒魔法を学び始める展開が予告されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
ここから、本作の見え方が少し変わってきました。
悲しい出来事が起きた。
だから敵より強くなる。
普通の物語なら、この方向へ進んでもおかしくありません。
でもシーナが向かうのは、傷つける力ではなく治す力です。
戦争用の兵器を育てる学校で、主人公だけが「誰かを助けるために力を使いたい」と考え始める。
この対比は、かなり大きな意味を持つと思っています。
『きみが死ぬまで恋をしたい』のタイトルと鬱要素を考察
ここからは、アニメ第9話までを見た僕自身の考察です。
僕は『きみが死ぬまで恋をしたい』を、「どれだけ視聴者を絶望させられるか」を競うタイプの鬱作品だとは考えていません。
むしろ中心にあるのは、
死を当たり前にされた世界で、それでも誰かの死を悲しみ、誰かと生きたいと願えるのか
という問いではないでしょうか。
その象徴になっているのがミミです。
ミミは非常に強い。
簡単には失われない。
普通なら、「死から最も遠いキャラクター」に見えます。
ところが、この作品では強さが幸福を保証しません。
死ににくいから戦場へ行く。
帰ってこられるから、また派遣される。
そして自分が生き残っても、周囲の人まで同じとは限らない。
第9話で、仲の良かった人物を初めて失ったミミの反応が描かれるのは重要です。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
ミミにとって「死」は、これまで自分自身から遠いものだったのかもしれません。
でもセイランを通して、「自分は戻ってこられても、好きな人まで戻ってくるとは限らない」と知る。
そう考えると、不死に近い力は「永遠に一緒にいられる能力」ではありません。
場合によっては、愛した人の時間だけが先に終わっていくのを見届ける力にもなってしまう。
ここでタイトルの『きみが死ぬまで恋をしたい』が急に重くなります。
一般的な恋愛表現で「死ぬまで好き」と言えば、永遠を誓うロマンチックな言葉に聞こえるでしょう。
でも、この作品では「死ぬまで」が比喩ではありません。
昨日まで食事をしていた人が、次の日には帰ってこない世界です。
だから「まで」という言葉には、現実の終点があります。
終わりがあると知っている。それでも終わる瞬間まで好きでいたい。
僕には、そんな願いにも聞こえます。
しかも面白いのは、シーナとミミでタイトルの意味が少し違って見えるところです。
シーナから見れば、ミミは自分とは異なる身体を持つ存在です。
ミミから見れば、自分の大切な人たちは自分より先にいなくなる可能性がある。
同じ「きみが死ぬまで」でも、誰が「きみ」なのかによって恐怖の形が変わる。
この多義性は、かなり巧みなタイトルだと思っています。
シーナの治癒魔法は「戦争への小さな反抗」になるのか
そして今後、僕が最も注目しているのがシーナの治癒魔法です。
公式第9話では、攻撃魔法が苦手なシーナに、ミミの母と同じ治癒魔法の適性があることが示されました。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
これは単なる「主人公が新しい能力を獲得した」というイベントではないと考えています。
学校が生徒に求めているのは、戦争で役に立つことです。
つまり基本的には、人を倒す力の価値が高い世界。
その中でシーナが見つけたのは、人を治す力です。
世界の仕組みを一瞬で壊せるほど強くなくていい。
戦争を一人で止められなくてもいい。
僕はむしろ、そのほうがこの作品らしいと思います。
シーナは「最強だから世界を救う主人公」ではありません。
死を当たり前にしたくない。
ミミのそばにいたい。
目の前で傷つく人に何かしたい。
その気持ちから、自分にできることを探し始める。
世界全部は救えなくても、誰か一人の世界なら支えられるかもしれない。
もし今後の物語がこの方向をさらに掘り下げていくなら、シーナの「普通の感覚」は弱さではなく、本作の価値観そのものになっていくはずです。
本作は2019年の「次にくるマンガ大賞」コミックス部門でもノミネート作品として名前が掲載されていました。アニメ化よりかなり前から、独特の世界観を持つ百合作品として読者に発見されていた作品だと分かります。次にくるマンガ大賞
だから僕は、『きみが死ぬまで恋をしたい』を「鬱アニメだから見る」「鬱アニメだから避ける」の二択だけで判断してしまうのは、少しもったいないと思っています。
確かに辛い。
セイランとアリの物語は特に重いです。
でも、悲しさのためだけに死を描いているわけではありません。
死が普通になった世界で、それでも悲しむ。
帰ってきてほしいと思う。
明日も会いたいと願う。
誰かの痛みを減らしたいと思う。
戦争によって奪われそうになっている「人として当たり前の感情」そのものを守ろうとする物語だからこそ、僕は『きみ死ぬ』に暗さ以上の優しさを感じます。
まとめ|『きみが死ぬまで恋をしたい』は辛さと美しさが同居するアニメ
『きみが死ぬまで恋をしたい』は面白いのか。
僕の結論は、少女たちの関係性、静かな日常、そして「この時間が明日も続くとは限らない」という緊張感を楽しめる人なら、かなり印象に残る作品です。
鬱・辛いと言われる理由もはっきりしています。
シーナたちは戦争用の兵器として教育され、年齢を重ねるほど戦場へ近づいていく。
ミミの圧倒的な力も、自由の象徴ではなく、戦い続ける理由になり得ます。
そして第8話では、身近な人物が本当に帰ってこない現実まで描かれました。
しかし、本作は絶望だけを見せるアニメではありません。
ご飯を食べる。
花を見る。
友達と笑う。
好きな人の隣にいる。
誰かの帰りを待つ。
そうした小さな幸福を、とても大事にしています。
作画も同じです。
ただ「絵が綺麗」なのではなく、料理や草花まで丁寧に描き、少女たちが暮らしている日常そのものを魅力的に見せる。
だから戦争との落差が痛いほど伝わるんです。
かわいいから辛い。
幸せだから怖い。
終わりがあるから、一緒にいる時間が愛おしい。
この矛盾した三つの感情が同時に成立していることこそ、『きみが死ぬまで恋をしたい』最大の魅力だと僕は思います。
「百合アニメ」。
「鬱アニメ」。
どちらも間違いではありません。
でも僕なら、もう一歩踏み込んでこう紹介します。
『きみが死ぬまで恋をしたい』は、死を当たり前にされた少女たちが、それでも誰かと生きたいと願う物語です。
よくある質問
『きみが死ぬまで恋をしたい』は鬱アニメですか?
戦争、身近な人物の死、少女たちが兵器として育てられる設定があるため、「鬱アニメ」と感じる人はいるでしょう。
ただし全編が絶望一色ではなく、シーナとミミたちの日常や恋愛、友情も大きな比重を占めています。「穏やかな日常と死が隣り合わせになっている作品」と捉えるほうが実態に近いです。
『きみが死ぬまで恋をしたい』の作画は綺麗ですか?
アニメ版はROLL2が制作し、油布京子さんがキャラクターデザイン、綱頭瑛子さんが美術デザイン、中田洵輝さんが美術監督を担当しています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト
キャラクターだけでなく、柔らかな光、草花、料理、生活空間まで丁寧に描かれているのが特徴です。その美しい日常が、戦争との落差を強めています。
『きみが死ぬまで恋をしたい』は百合が苦手でも楽しめますか?
人物ドラマやダークファンタジー、心理描写を重視する作品が好きなら、楽しめる可能性はあります。
ただしシーナとミミ、セイランとアリをはじめ、少女同士の深い愛情は物語の中心です。百合要素そのものを避けたい人には合わない可能性があります。
執筆:涼風 結人(アニメ情報ナビゲーター)


