『ラザロ』と『バナナフィッシュ』が似てる最大の理由は、林明美氏のキャラクターデザインとMAPPAによる映像表現が両作品に共通していることです。
ただし、物語の中心はかなり違います。『BANANA FISH』がアッシュ・リンクスと奥村英二の関係を軸にしたクライムサスペンスなのに対し、『LAZARUS ラザロ』は人類滅亡の危機を阻止する5人のチームを描く近未来SFアクションです。
2025年4月6日に放送が始まった全13話のオリジナルアニメ『LAZARUS ラザロ』は、渡辺信一郎監督、キャラクターデザインの林明美氏、アニメーション制作のMAPPAという布陣でも大きな注目を集めました。
この記事では「ラザロとバナナフィッシュは本当に似てる?」「バナナフィッシュみたいなアニメを観たい人にラザロは合う?」という疑問に、制作陣、物語、キャラクター、アクション、音楽、テーマの違いまで含めて詳しく答えていきます。
この記事を読むとわかること
- 『ラザロ』と『バナナフィッシュ』が似てると言われる理由
- 林明美氏とMAPPAという制作面の共通点
- 薬をめぐる陰謀や主人公像の類似性
- アッシュとアクセルの決定的な違い
- 「バナナフィッシュみたいなアニメ」として楽しめる人
- 声優陣に見られる意外な共通点
- 似ているようで異なる両作品のテーマと感情表現
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- 第1話の評価が賛否両論!
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- ED曲「Lazarus」の意味とは
ラザロとバナナフィッシュはなぜ似てると言われる?
『ラザロ』と『バナナフィッシュ』が似てる最大の理由は、キャラクターデザインの林明美氏と、アニメーション制作のMAPPAが両作品に参加しているからです。
人物の細い輪郭、鋭さと繊細さを併せ持つ目元、都会の風景の中に立つキャラクターの物憂げな佇まいなど、初見でも「どこかバナナフィッシュっぽい」と感じやすい視覚的な共通点があります。
特にアクセルを見てアッシュを思い出した視聴者がいても不思議ではありません。
単なる雰囲気の類似ではなく、キャラクターデザインを担当したクリエイターが同じという明確な背景があるからです。
比較項目 『ラザロ』 『バナナフィッシュ』
キャラクターデザイン 林明美 林明美
アニメーション制作 MAPPA MAPPA
主な舞台 西暦2052年の世界各地 ニューヨーク
物語の発端 鎮痛剤ハプナの危険性 「バナナフィッシュ」と薬物の陰謀
主人公 アクセル アッシュ・リンクス
人間関係の中心 5人のチーム アッシュと英二
ジャンル 近未来SFアクション クライムサスペンス
こうして並べると、見た目と物語の入口は近いものの、ドラマの中心はかなり違うことが分かります。
キャラデザと制作スタジオが共通している
『ラザロ』では、渡辺信一郎監督のもと、林明美氏がキャラクターデザインを担当し、MAPPAがアニメーション制作を手がけています。
『BANANA FISH』でも林明美氏がキャラクターデザインを担当し、アニメーション制作はMAPPAです。
ここは「なんとなく似ている」ではなく、両作品を結びつけるはっきりした共通点です。
林明美氏が手がける人物は、過度に装飾されたデザインではなく、表情や立ち姿だけでも内面を想像させるところが魅力だと感じます。
アッシュもアクセルも、ただ立っているだけで「この人、何か背負っていそうだな」と思わせるんですよね。
特に、細身のシルエット、鋭い眼差し、都会的な衣装、ふとした瞬間に見せる無防備さは、両作品を視覚的に強く結びつけています。
薬をめぐる大規模な陰謀が物語を動かす
両作品は、薬に関係する秘密や陰謀がストーリーを大きく動かす点でも似ています。
『BANANA FISH』では、ニューヨークのストリートギャングを率いるアッシュ・リンクスが、瀕死の男から「バナナフィッシュ」という謎の言葉を聞きます。
同じ言葉を兄のグリフィンも口にしていたことから、アッシュは日本から来た青年・奥村英二らとともに、その正体へ近づいていきます。
一方の『ラザロ』では、天才科学者スキナーが開発した鎮痛剤「ハプナ」が世界中へ普及した後、重大な危険を秘めていることが明らかになります。
刑務所に収容されていたアクセルは、姿を消したスキナーを捜し出すために結成されたチーム「ラザロ」に加わり、人類に残された時間の中で世界規模の捜索へ挑みます。
つまり、どちらの作品にも「薬」と「隠された真実」という入口があるわけです。
ただし、薬が象徴するものは異なります。
『バナナフィッシュ』では薬物が人間による支配や権力と深く結びつく一方、『ラザロ』ではハプナを通して科学技術、医療への依存、人類の選択と責任というテーマが浮かび上がります。
“生と死”と“闇の中の希望”も共通する
『ラザロ』と『バナナフィッシュ』には、登場人物たちのすぐ近くに常に「死」の気配があるという共通点もあります。
『ラザロ』では、人類を苦痛から解放したはずのハプナが、やがて服用者の命にかかわる存在だと告げられます。
スキナーを発見できなければ一部の人物だけではなく、人類そのものが危機に直面します。
『バナナフィッシュ』でも、アッシュたちは暴力や権力、犯罪が支配する世界の中で、自分たちの尊厳や自由を守ろうとします。
どちらも、明るく楽しいだけの冒険ではありません。
登場人物たちが穏やかに笑っているだけで、「この時間がずっと続いてほしい」と感じてしまうタイプの作品です。
その一方で、暗さだけで終わらないのも両作品の魅力。
仲間を信じること、自分で進む道を選ぶこと、誰かとのつながりによって孤独から救われることが、厳しい世界の中の希望として描かれています。
ラザロとバナナフィッシュのストーリーや設定の違いは?
最大の違いは、『バナナフィッシュ』がニューヨークの裏社会を描く犯罪ドラマなのに対し、『ラザロ』は西暦2052年を舞台にした世界規模のSFアクションであることです。
似ているのはキャラクターの雰囲気や「薬から陰謀が広がる」という入口であり、作品が描こうとしている社会やドラマの構造は大きく異なります。
バナナフィッシュは犯罪劇、ラザロは近未来SF
吉田秋生氏による原作漫画『BANANA FISH』は、1985年から1994年にかけて連載された作品です。
物語はニューヨークを中心に、17歳のアッシュが薬物と権力をめぐる巨大な陰謀へ巻き込まれていきます。
2018年には内海紘子監督、MAPPA制作で全24話のテレビアニメとなりました。
現実に存在する都市や社会、犯罪組織、政治、軍事にかかわる権力が物語へ入り込むため、危険の生々しさが強い作品です。
対する『ラザロ』の舞台は西暦2052年。
近未来都市、AI、高度な医療技術、世界規模の情報網など、SFならではの設定が物語の前面に出ています。
『バナナフィッシュ』が現実社会の権力構造や暴力を突きつける作品なら、『ラザロ』は人類が生み出した科学技術にどこまで責任を負うのかを問いかける作品と見ることができます。
どちらも重いテーマを扱っています。
ただし、その「重さの種類」が違うんです。
ひとりの少年を見つめる物語と、人類全体を救う物語
『バナナフィッシュ』は巨大な陰謀を扱いながらも、感情的な中心にはアッシュというひとりの少年がいます。
アッシュは高い知性と戦闘能力を持つ一方、長く暴力や支配にさらされてきた人物です。
彼が自由を得られるのか。
そして、英二との出会いによって何を取り戻していくのか。
この問いが物語の強力な軸になっています。
『ラザロ』では、アクセルだけでなく、ダグ、クリスティン、リーランド、エレイナを含む5人のチームそれぞれに役割があります。
ラザロはスキナーを捜すために結成されたチームであり、異なる能力や考え方を持つメンバーが協力して世界規模の危機へ立ち向かいます。
そのため、ドラマの重心にも違いがあります。
- 『バナナフィッシュ』はアッシュと英二の関係を中心に人物の感情を深く掘り下げる
- 『ラザロ』は異なる能力を持つメンバーが連携して世界規模の危機へ立ち向かう
- 『バナナフィッシュ』はひとりの少年が自由を求める物語
- 『ラザロ』は限られた時間の中で人類の未来を取り戻そうとする物語
『ラザロ』では視点が複数のメンバーへ分散されるため、アッシュと英二のような一対一の関係を最優先で期待すると、かなり違う作品に感じるでしょう。
政治とドラッグ、テクノロジーと科学倫理
両作品とも「薬を利用した陰謀」を描きますが、その本質は異なります。
『バナナフィッシュ』では、薬物を利用して人間を支配しようとする思惑が物語の核心へつながります。
その背後には犯罪組織だけでは収まらない巨大な権力があり、アッシュたちは個人の力だけでは簡単に倒せない構造と戦います。
『ラザロ』の中心にあるのは、奇跡の鎮痛剤として世界へ広まった「ハプナ」です。
人類を苦痛から解放した薬が、一転して世界全体を危機へ追い込む。
この設定によって、物語はスキナー個人だけでなく、科学者の責任、薬を受け入れた社会、便利さを求める人類そのものへ視線を広げていきます。
作品 中心テーマ 薬にまつわる問題
『バナナフィッシュ』 ドラッグと権力 薬物を利用した人間支配
『ラザロ』 科学と倫理 鎮痛剤から始まる人類規模の危機
『バナナフィッシュ』では、人間の悪意が薬物を道具として利用します。
『ラザロ』では、人類を救うはずだった科学が危機へ反転します。
同じ「薬の陰謀」でも、問いかけている方向は大きく違うわけです。
30日間のタイムリミットがラザロ独自のスピード感を生む
『ラザロ』では、スキナーが提示した30日間という期限が物語全体を動かす時計になります。
どれほど有力な手がかりを得ても、時間は止まってくれません。
捜索、戦闘、仲間たちの事情、世界各地で起こる出来事が、ひとつの期限へ向かって集約されていきます。
『バナナフィッシュ』にも切迫した逃走や戦闘は数多くありますが、物語全体を縛る「人類規模の30日間のカウントダウン」が存在するわけではありません。
真相へ近づきながら追われ続ける『バナナフィッシュ』。
期限までに答えを見つけなければならない『ラザロ』。
この違いが、作品のテンポにも大きく影響しています。
アッシュとアクセルは似てる?キャラクターを比較
アッシュとアクセルは、卓越した身体能力と孤独を感じさせる主人公という点では似ていますが、物語の中で担う役割は異なります。
アッシュは心理描写と人間関係の中心に立ち、アクセルはチームアクションを前へ進めるエンジンとしての役割が強い主人公です。
孤独な主人公と支える存在という構図
『バナナフィッシュ』では、アッシュと英二の出会いが物語を大きく変えます。
英二はカメラマンの助手としてニューヨークを訪れた日本人青年で、穏やかな性格を持ちながら、危険な状況でも簡単には引き下がらない人物です。
アッシュにとって英二は、暴力や裏切りを前提としない関係を築ける貴重な存在でした。
英二は戦闘能力でアッシュを守る人物ではありません。
それでも、アッシュが自分自身をひとりの人間として取り戻すうえで、大きな心の支えになっていきます。
『ラザロ』のアクセルにも、他人に簡単には縛られず、孤独を恐れないように見える性質があります。
ただし、アクセルを支える関係性はひとりに集中しません。
ダグ、クリスティン、リーランド、エレイナを含むチーム全体との関係が、少しずつアクセルの立ち位置を変えていきます。
つまり両作品とも、孤独な人物が他者とのつながりによって変化する物語ではあります。
しかし、その形は「一対一の魂の交流」と「チームとして積み上げる信頼」に分かれています。
心に傷や危うさを抱えたキャラクター
両作品の人物は、単純な善人と悪人だけでは整理できません。
アッシュは高い知性と戦闘能力を持ちながら、過去に受けた暴力や支配の影響を抱えています。
誰よりも強そうに見える人物が、安心して生きられる場所を持っていない。
この矛盾が、アッシュというキャラクターを非常に忘れがたい存在にしています。
アクセルは驚異的な身体能力と判断力を持ち、街を軽々と駆け抜ける人物です。
第1話では刑務所から脱走し、自分を追うラザロのメンバーを相手に、パルクールを駆使した逃走を見せます。
その大胆な行動は自由への執着にも見える一方、自分自身の命を危険へ投げ込むような危うさもあります。
キャラクター 主な葛藤
アッシュ 過去の支配から逃れ、自分自身の自由を得られるか
アクセル 縛られない自由と、チームの一員としての責任をどう両立するか
筆者としては、アッシュの葛藤は「自分が安心して生きられる場所を得られるのか」という苦しさに近く、アクセルは「自由であり続けながら誰かと生きられるのか」という問いに近いように感じます。
似た孤独をまとっていても、ふたりが向かう先は同じではありません。
ラザロはアクションそのものが人物描写になっている
『バナナフィッシュ』にも銃撃戦、格闘、逃走劇があります。
ただし、そのアクションは主にアッシュが置かれている危険や、人間関係の変化を描く手段として機能します。
対する『ラザロ』では、パルクール、銃撃、格闘、乗り物を使った追跡など、身体の動きそのものが大きな見どころになっています。
『ラザロ』では『ジョン・ウィック』シリーズで知られるチャド・スタエルスキがアクション監修を担当しており、動きの設計は作品の大きな特徴です。
アクセルの性格も、長い独白より「どう走るか」「どこから飛ぶか」「どう危険を切り抜けるか」に表れます。
普通なら階段を使えば済みそうな場面でも、アクセルなら壁や手すりまでルートに変えてしまう。
毎回そこまで危険な移動をしなくても……と思いつつ、それこそがアクセルらしさなんですよね。
『ラザロ』は、動きによってキャラクターを語るアニメと表現すると分かりやすいでしょう。
声優陣にも意外な共通点がある
制作陣だけでなく、声優陣にも見逃せない共通点があります。
声優 『バナナフィッシュ』 『ラザロ』
内田雄馬 アッシュ・リンクス リーランド
古川慎 ショーター・ウォン ダグ
『BANANA FISH』でアッシュを演じた内田雄馬さんは、『ラザロ』ではチームメンバーのリーランドを担当しています。
さらに、アッシュの仲間ショーター・ウォンを演じた古川慎さんは、『ラザロ』ではダグを演じています。
両作品を続けて観ると、声から不思議なつながりを感じる人もいるでしょう。
ただし、担当するキャラクターの性格や立場は異なります。
同じ声優だから似た役を配置したという単純な関係ではなく、むしろ違う役柄で再会できる点が面白いところです。
ラザロとバナナフィッシュのビジュアルや演出はなぜ近く見える?
両作品の空気感が近く感じられるのは、林明美氏のキャラクターデザイン、MAPPAによる都市描写、そして静けさと緊張を同じ画面に置く表現が重なっているためです。
一方で、監督、色彩設計、音楽担当などは異なります。
そのため『ラザロ』が『バナナフィッシュ』とまったく同じ作風を再現しているわけではありません。
哀愁を感じさせるキャラクターの佇まい
『バナナフィッシュ』では、ニューヨークの街並み、暗い路地、室内へ差し込む光などが、アッシュの孤独や緊張を視覚的に伝えます。
キャラクターが自分の感情をすべて言葉で説明しなくても、目線や肩の力、互いの立ち位置だけで関係性が見えてくる場面も少なくありません。
『ラザロ』でも、近未来都市の光、広い空間にひとりで立つ人物、都市の美しさと無機質さを組み合わせた画面が印象的です。
『ラザロ』の美術監督は杉浦美穂氏、色彩設計は田辺香奈氏。
一方、『バナナフィッシュ』では美術監督を水谷利春氏、色彩設計を鎌田千賀子氏が担当しています。
つまり、色や美術を作っているスタッフまで完全に同じというわけではありません。
それでも似た印象を受ける大きな要因は、林明美氏が描く人物とMAPPAが描く都市空間の組み合わせにあると考えられます。
林明美氏のキャラクターが都市の中に立つ。
それだけで、都会的でありながらどこか寂しい、独特の空気が生まれるのです。
音楽は違うが、都会的な余韻が共通している
『ラザロ』の音楽には、Kamasi Washington、Bonobo、Floating Pointsが参加しています。
オープニングテーマ「VORTEX」をはじめ、ジャズやエレクトロニカの感触を持った楽曲が、近未来の都市とアクションを彩ります。
『バナナフィッシュ』の劇伴音楽は大沢伸一氏が担当しました。
音楽の作り手やジャンルは異なりますが、どちらも都会の冷たさ、人物の孤独、事件が動き出す緊張感を音によって支えています。
作品 主な音楽担当 音楽の印象
『ラザロ』 Kamasi Washington、Bonobo、Floating Points ジャズと電子音楽を融合した近未来的なサウンド
『バナナフィッシュ』 大沢伸一 都会の緊張と人物の感情を支える音楽
『ラザロ』では、身体を前へ動かすリズムがアクションと強く結びついています。
『バナナフィッシュ』では、人物が言葉にできない感情を音楽が補うような場面が強く印象に残ります。
似ているのは曲そのものではありません。
音楽を単なるBGMではなく、その場面の感情を伝える要素として使っていることが共通しています。
“説明しすぎない”から余韻が残る
両作品は、登場人物の感情をすべてセリフで説明してくれるタイプのアニメではありません。
『バナナフィッシュ』では、アッシュと英二の関係が会話だけでなく、距離、視線、沈黙によって描かれます。
ふたりが同じ空間にいるだけの場面でも、「この時間がどれほど大切なのか」が視聴者に伝わってくるんですよね。
『ラザロ』でも、登場人物の表情や街の風景、音楽だけで進む時間が存在します。
ただし、『ラザロ』の原作・監督は渡辺信一郎氏、『バナナフィッシュ』の監督は内海紘子氏です。
監督が同じだから演出が似ているわけではありません。
筆者としては、両作品の近さは演出テクニックそのものよりも、キャラクターの感情を画面の余白に残す姿勢にあると考えています。
説明されなかった部分を視聴者自身が感じ取る。
その余白があるからこそ、キャラクターの孤独や痛みがあとからじわじわ効いてきます。
バナナフィッシュみたいなアニメを探す人にラザロはおすすめ?
『バナナフィッシュ』の都会的な映像、薬をめぐる陰謀、危うさを持つ主人公、緊張感のある追跡劇が好きなら、『ラザロ』は相性の良い作品です。
一方で、アッシュと英二のような一対一の濃密な関係性や、現実社会に根差した犯罪ドラマを最優先で求める人は、かなり違う作品だと感じる可能性があります。
ラザロを楽しみやすい人
『バナナフィッシュ』の次に観る作品として『ラザロ』が向いているのは、次のような人です。
- 林明美氏のキャラクターデザインが好き
- MAPPAによるスタイリッシュな都市アニメを観たい
- 薬や科学をめぐる陰謀ものが好き
- 高い身体能力を持つ主人公の逃走劇や戦闘が好き
- 暗い状況でも希望が残る作品を観たい
- 音楽と映像が一体になったアクションが好き
- 世界各地を移動するグローバルな物語が好き
- 個性の違うメンバーが集まるチームものが好き
キャラクターの顔立ちや画面の雰囲気を重視して「バナナフィッシュに似てるアニメ」を探しているなら、『ラザロ』はかなり分かりやすい候補です。
薬をめぐる謎、都市での追跡、能力の高い主人公、危険と隣り合わせの若者たちという共通項もあり、最初の数話から入りやすいでしょう。
アッシュと英二の関係を求めると違いを感じやすい
反対に、次の要素を最優先している場合は、『ラザロ』を「バナナフィッシュと同じタイプの作品」と考えすぎないほうがよいでしょう。
- アッシュと英二のような一対一の関係性
- ひとりの主人公を徹底的に掘り下げる心理劇
- 現実社会と地続きの犯罪ドラマ
- 人間同士の支配や搾取を中心にした重い物語
- 長い時間をかけて積み重なる感情の交流
- 友情や恋愛といった一言だけでは整理できない深いつながり
『ラザロ』はチームを軸にした群像劇です。
複数の人物と事件をテンポよく動かすため、アッシュと英二という二人の関係へ強く焦点を当てる『バナナフィッシュ』とは、感情の密度の作り方が異なります。
『バナナフィッシュ』で好きだった要素 『ラザロ』で楽しめる?
林明美氏のキャラクターデザイン 共通点が大きい
MAPPAの都会的な映像 共通点が大きい
薬をめぐる陰謀 共通する
銃撃・逃走・格闘 楽しみやすい
アッシュと英二の関係 方向性が大きく異なる
現実的な犯罪社会の描写 『バナナフィッシュ』のほうが強い
SF・近未来技術 『ラザロ』のほうが強い
チームアクション 『ラザロ』のほうが強い
「バナナフィッシュと同じ感情をもう一度味わいたい」と考えると、違いが目立ちます。
しかし、似た映像美や危うい空気感を持つ別ジャンルの作品として見ると、『ラザロ』独自の面白さが見えやすくなります。
似てる度は“外側が高く、内側は違う”
『ラザロ』と『バナナフィッシュ』の関係を短く表すなら、外側の印象は近いが、感情の中心は異なるとなります。
外側とは、キャラクターデザイン、都市の風景、薬をめぐる事件、銃撃や追跡、主人公の危うさです。
内側とは、作品が最終的に誰を見つめ、何を描こうとしているのかという部分。
『バナナフィッシュ』の感情的な中心には、自由を奪われてきたアッシュと、彼をそのまま受け止める英二がいます。
『ラザロ』の中心には、科学によって危機へ追い込まれた人類と、限られた時間で答えを探すチームがあります。
見た目が近いからこそ、観進めたときに物語の違いもくっきり見えてくるのです。
考察:ラザロとバナナフィッシュが似てるのに別物と感じる理由は?
『ラザロ』と『バナナフィッシュ』は続編でも関連作品でもありませんが、「強さの奥に孤独を抱えた人物を都会の中に置く」という美学が近いため、視聴者が両作品を結びつけやすいと考えられます。
『ラザロ』は『バナナフィッシュ』の続編でも、世界観を共有するスピンオフでもありません。
渡辺信一郎監督による独立したオリジナルアニメです。
それでも両作品を並べて語りたくなるのは、単にスタッフ名が共通しているだけではないと思います。
筆者が特に近いと感じるのは、キャラクターがまとっている「孤独の見せ方」です。
似ているのはクリエイター陣が作る“孤独の美学”
林明美氏のキャラクターは、感情を大げさに誇張しなくても、その人物がこれまで経験してきた時間を想像させます。
アッシュの眼差しには、周囲を警戒する鋭さと、それでも誰かを信じたい弱さが同居しています。
アクセルの表情には、危険さえ楽しんでしまう軽やかさと、どこにもとどまろうとしない落ち着かなさがあります。
ふたりの性格や過去は異なります。
それでも、「強そうなのに、どこか危うい」という印象は共通しています。
さらに、MAPPAが描く都市空間と組み合わさることで、その孤独が強調されます。
高層ビル、道路、路地、無機質な室内。
人がたくさんいるはずの都会なのに、主人公だけがひとりに見える。
この構図が、『ラザロ』と『バナナフィッシュ』の両方に独特の哀愁を生み出しているのではないでしょうか。
決定的に違うのは“物語のカメラが見つめる範囲”
筆者としては、両作品の決定的な違いは物語のカメラがどこを見つめ続けるかにあると考えています。
『バナナフィッシュ』のカメラは、巨大な陰謀を描きながらも、何度でもアッシュというひとりの人間へ戻ってきます。
社会の闇も、薬物の謎も、犯罪組織との戦いも、最終的には「アッシュは自分自身の人生を生きられるのか」という問いにつながっていきます。
一方の『ラザロ』は、アクセルだけを見つめ続ける作品ではありません。
ダグ、クリスティン、リーランド、エレイナ、スキナー、ハプナを受け入れた社会、そして科学技術とともに生きる人類全体へと視線が広がっていきます。
個人の救済を見つめる『バナナフィッシュ』と、人類の選択を見つめる『ラザロ』。
このカメラの範囲の違いこそ、似たビジュアルからまったく別の読後感、視聴後感が生まれる大きな理由だと思います。
“切なさ”の生まれ方も違う
『バナナフィッシュ』の切なさは、アッシュが望んでいるものが決して大げさではないところから生まれます。
安心できる場所。
信頼できる相手。
自分の人生を自分で選ぶこと。
本来であれば特別ではないはずのものが、アッシュにとっては命懸けで求めなければならない願いになっています。
だからこそ、その姿を見るこちらの胸にも強く刺さります。
『ラザロ』の切なさは少し方向が違います。
人類は苦痛から解放されたいと願い、ハプナという薬を受け入れました。
その救いが危機へ反転することで、「便利さを求めたこと自体が間違いだったのか」「科学を信じた社会にも責任があるのか」という答えの簡単に出ない問いが残ります。
筆者には、『バナナフィッシュ』が人間の悪意によって壊される個人を強く描く作品だとすれば、『ラザロ』は善意や進歩さえ危機につながり得る社会を描く作品のように見えます。
この違いを理解すると、両作品がなぜ「似ているのに全然違う」と感じられるのか、かなり整理しやすくなります。
ラザロはバナナフィッシュの代わりではなく“別方向の次の一本”
『バナナフィッシュ』を観終えた直後は、アッシュと英二から受けた感情をもう一度味わえる作品を探したくなるかもしれません。
ただ、あの二人の関係性は非常に独自性が高く、まったく同じものを別作品へ求めるのは難しいでしょう。
『ラザロ』の価値は、『バナナフィッシュ』を再現していることではありません。
林明美氏とMAPPAによる共通の映像美を入口にしながら、渡辺信一郎監督ならではの近未来SF、音楽、身体性の高いアクション、チームドラマ、科学倫理へ連れていく。
ここに『ラザロ』独自の魅力があります。
似ている部分で惹かれ、違う部分で新鮮な刺激を受ける。
その見方をすれば、『ラザロ』は「バナナフィッシュみたいなアニメ」を探している人にとって、十分にチェックする価値のある作品だと筆者は考えます。
ラザロとバナナフィッシュの共通点・違いまとめ
『ラザロ』と『バナナフィッシュ』は、林明美氏によるキャラクターデザインとMAPPA制作という強い共通点を持っています。
さらに、薬をめぐる謎、都会的な画面、危うさを抱えた主人公、追跡や戦闘といった要素も重なるため、「ラザロはバナナフィッシュに似てる」と感じるのは自然です。
一方、物語の感情的な中心は大きく異なります。
『バナナフィッシュ』がアッシュと英二の関係や、ひとりの少年が自由を求める過程を深く見つめる作品なのに対し、『ラザロ』は5人のチームと人類全体へ視野を広げた近未来SFです。
要点を整理すると、次のようになります。
- 『ラザロ』と『バナナフィッシュ』はキャラクターデザインを林明美氏が担当
- アニメーション制作は両作品ともMAPPA
- 薬をめぐる謎や陰謀が物語を動かす点も共通
- アッシュとアクセルは高い身体能力と危うさを持つ
- 都会的な映像と孤独を感じさせる空気感が似ている
- 『バナナフィッシュ』はアッシュと英二を中心にしたクライムサスペンス
- 『ラザロ』は5人のチームが人類規模の危機へ挑む近未来SF
- 内田雄馬さんと古川慎さんは両作品で異なる役を担当
- 『ラザロ』はパルクールや格闘など身体性の高いアクションが特徴
- 音楽担当、監督、色彩設計などは異なる
- 『ラザロ』は『バナナフィッシュ』の続編や関連作品ではない
- 似ているのは外側の美学で、物語の感情的な中心は異なる
「どちらが同じ作品に近いか」ではなく、共通する美学を持ちながら、それぞれ別の問いを描いている作品と捉えるのが一番しっくりきます。
『バナナフィッシュ』が好きだったからこそ、『ラザロ』の違いまで含めて味わってみる。
そんな見方をすると、両作品それぞれの魅力がより鮮明に見えてくるはずです。
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よくある質問
ラザロとバナナフィッシュが似てる一番の理由は?
一番分かりやすい理由は、キャラクターデザインを林明美氏、アニメーション制作をMAPPAが担当していることです。
細身の人物造形、鋭い眼差し、都会を背景にしたスタイリッシュな画面によって、視覚的な近さが生まれています。
ラザロはバナナフィッシュの続編ですか?
いいえ、続編ではありません。
『ラザロ』は渡辺信一郎監督によるオリジナルアニメで、『BANANA FISH』とストーリーや世界観を共有している作品ではありません。
バナナフィッシュみたいなアニメを探している人にラザロは合いますか?
都会的な映像、薬をめぐる陰謀、危うい主人公、銃撃や逃走、スタイリッシュなアクションが好きなら相性は良いでしょう。
ただし、『ラザロ』はチームを中心にした近未来SFなので、アッシュと英二のような一対一の濃密な関係性を期待すると違いを感じやすい作品です。
ラザロとバナナフィッシュには同じ声優が出演していますか?
はい。
内田雄馬さんは『BANANA FISH』でアッシュ・リンクス、『ラザロ』でリーランドを担当しています。
また、古川慎さんは『BANANA FISH』でショーター・ウォン、『ラザロ』でダグを演じています。



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