『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』のスタンダールは、『僕のヒーローアカデミア』に登場する“ヒーロー殺し”ステインの過去の姿です。ナックルダスターとの戦いを境に、悪人を「断罪」していた男の正義は、“偽物のヒーローを粛清する”思想へと変わっていきました。
しかも『ヴィジランテ』では、本編だけでは分かりにくかった「なぜステインがあれほどヒーローの在り方に執着するのか」が、かなり具体的に描かれています。
ステインを単なる怖いヴィランとして見ていた人ほど、スタンダール時代を知ると印象がガラッと変わるはずです。いや、思想は危険なのですが、「そういう経緯だったのか」と妙に腑に落ちてしまうのが厄介なんですよね。
この記事を読むとわかること
- ヒロアカのステインとスタンダールは同一人物なのか
- 『ヴィジランテ』で描かれたスタンダールの過去
- スタンダールがステインへ変貌した決定的な理由
- ステインの“個性”「凝血」の能力
- スタンダールとステインの性格・思想の違い
- ナックルダスターとの戦いが与えた影響
- ステインの思想がヒロアカ本編に及ぼした影響
- オールマイトへの異常なまでの敬意が生まれた背景
ヒロアカのステインとヴィジランテのスタンダールは同一人物?
結論から言えば、スタンダールとステインは同一人物です。スタンダールは、赤黒血染が“ヒーロー殺しステイン”になる前に名乗っていた姿として描かれています。
TVアニメ『ヴィジランテ』公式サイトも、2025年5月にスタンダールを「“ヒーロー殺し”ステインの過去の姿」と明言しています。さらにスタンダール役は、ヒロアカ本編でステインを演じる井上剛さんが続投しています。
つまり検索でよく見かける「ヒロアカのステインとスタンダールって別人?」「ヴィジランテのスタンダールはステインなの?」という疑問については、迷わず「同じ人物」と答えてOKです。
『ヴィジランテ』は『僕のヒーローアカデミア』本編より数年前を描く公式スピンオフ。その時間差を利用して、本編ですでに完成していたキャラクターたちの“過去”を描けるのが大きな面白さです。公式サイトでも、本作はヒロアカの数年前を舞台とする物語だと紹介されています。
その代表格が、まさにスタンダールでした。
スタンダール時代は何をしていた?
スタンダールは、自分が悪人だと判断した相手を「断罪」の名のもとに襲撃する人物です。
『ヴィジランテ』公式のキャラクター紹介では、悪人とみなした者を問答無用で殺害する歪んだ正義感の持ち主と説明されています。さらに蜂須賀九印と一時的に協力しながら活動していました。
ここで大切なのは、スタンダールが最初から「偽物のヒーローを殺そう」と考えていたわけではないことです。
スタンダール時代の攻撃対象は、基本的に彼自身が「悪」だと判断した人間でした。
ところがナックルダスターとの戦いによって、その正義の向かう先そのものが変化します。
悪人を裁くスタンダールから、ヒーローを選別するステインへ。
この対象の変化こそ、『ヴィジランテ』と『ヒロアカ』をつなぐ最大のポイントです。
スタンダールという名前と赤黒血染
ステインになる前の人物が赤黒血染であることも、スタンダール役・井上剛さんへの公式インタビューで明確に語られています。
井上さん自身、「ステインになる前の赤黒血染」を演じられたことへの喜びをコメントしており、スタンダール→ステインという連続性はアニメ制作側でも明確に意識されています。
なお、「スタンダール」という名称を見ると、フランスの作家スタンダールと、その代表作『赤と黒』を連想する人も多いでしょう。
実際、赤黒血染という名前との組み合わせは非常に意味深です。ただし、作者から正式に「フランスの作家スタンダールが名前の由来」と説明された一次情報までは確認できないため、由来については興味深い連想にとどめ、公式設定として断定しないほうが安全です。
名前まで赤と黒。思想も真っ赤に煮詰まっていく。なかなか濃い人物です。
スタンダールがステインになった理由は?ナックルとの戦いが決定的な転機
スタンダールがステインへ変貌する最大のきっかけは、ナックルダスターとの戦いです。
アニメ『ヴィジランテ』第6話「一線」では、スタンダールがコーイチを救い、その志に共感する一方で、自分が悪とみなした人間を「断罪」と称して殺害する危険な人物であることが描かれます。蜂須賀の企みによって、彼はソーガたち3人組を次の標的に選びました。
そしてナックルダスターとの激突を経て、スタンダールの正義は決定的な転換点を迎えます。
ナックルとの戦いが突き付けた「理想の崩壊」
スタンダールにとってナックルダスターとの戦いは、単純な勝敗ではありません。
「自分は本当に正義を体現しているのか」という根本を突き付けられた戦いでした。
スタンダールは、自分の判断によって悪人を選び、自分自身が処刑者となって相手を裁いていました。
本人は正義のために行動しているつもりでも、「他者を救うための行動」より、「自分が悪だと思った相手を裁くこと」が中心になっていたわけです。
一方のナックルダスターは、公式プロフィールでも、無資格ながらヒーロー並みの戦闘力を持ち、ヴィランに制裁を加える人物として紹介されています。灰廻航一の資質を見抜き、彼をヴィジランテ活動へ巻き込んだ人物でもあります。
両者とも制度の外側で戦っています。
しかし、誰かを助けることと、誰かを裁くことは同じではありません。
スタンダールが突き付けられたのは、まさにその違いだったと私は考えます。
ナックルの言葉をスタンダールは「天啓」として受け取った
スタンダール役の井上剛さんは公式インタビューで、ナックルとの一件について非常に重要な解説をしています。
井上さんによれば、ナックルの言葉をスタンダールは天啓のように受け取ったと解釈して演じたそうです。
その結果、自分が本当に裁くべきなのはヴィランではなく「偽物のヒーロー」なのだという考えへ到達していきます。さらに、その偽物の中には当時の自分自身さえ含まれていると考え、仮面を捨て、自分の顔まで傷つける行動へ進みました。
ここがとても重要です。
スタンダールはナックルに正論を言われて「反省して更生した」のではありません。
指摘された問題を、さらに過激な方向へ再解釈してしまった。
普通ならそこで戻ってくるところを、アクセルを踏み抜いたわけです。ステイン怖い。思想のギアチェンジが極端すぎます。
「偽物のヒーロー」への怒りへ思想が変化
ナックルとの戦い以前のスタンダールは、「悪人を裁く者」でした。
しかし戦い以降は、「ヒーローと名乗る資格がない者を裁く」という方向へと思想が変化していきます。
ステインとなった後、公式キャラクター紹介では、「ヒーローを騙るだけの贋物」が歪んだ社会を生んでいるという独自の正義感を持ち、自らが贋物だと判断したヒーローを各地で殺害していた人物と説明されています。
整理すると、思想の変化は次のようになります。
段階 スタンダール/ステインの考え 行動
スタンダール初期 悪人は自分が断罪する 悪と判断した人間を襲撃
ナックルとの戦い 自分の正義そのものを見直す 自分も「偽物」ではないかと考える
ステイン成立後 贋物のヒーローが社会を歪めている 贋物と判断したヒーローを粛清
ヒロアカ本編 真のヒーロー像を極端に純化 オールマイトを理想として行動
要するに、スタンダールからステインへの変貌とは、信念を失ったというよりも、信念の対象を「悪人」から「ヒーローそのもの」へ付け替えた瞬間なのです。
スタンダールとステインの決定的な違いは?
最大の違いは、スタンダールにはまだ対話や迷いが残っていた一方、ステインは「贋物のヒーローを粛清する」という思想を完成させていたことです。
同一人物なのに、『ヴィジランテ』と『ヒロアカ』本編では受ける印象がかなり違います。
これは演技面でも意図的でした。
スタンダールはまだ「会話ができる」人物だった
スタンダール役の井上剛さんは、台本を読んだ際に、灰廻航一を「君」、ナックルを「あなた」と呼ぶ礼儀正しさに驚いたと語っています。
ヒロアカ本編のステインはすでに自分の行動原理を確立している一方、スタンダールはまだ会話のできる状態だったため、ステインより狂気性を薄めて演じたそうです。
この演技上の違いは、キャラクター理解の大きなヒントです。
スタンダールにも強烈な歪みはあります。
悪と判断した相手を殺害する以上、決して「善良だった人が突然悪に染まった」という話ではありません。
それでも、スタンダール時代には他人の言葉が入ってくる余地が残っています。
スタンダール時代の特徴 行動・心理の傾向
比較的礼儀正しい言動 航一を「君」、ナックルを「あなた」と呼ぶ
強烈な正義感 自分が悪と判断した者を断罪
思想が未完成 何を裁くべきかという方向性が固まりきっていない
他者と対話する余地 航一の志に共感を示す
自己矛盾を抱える 正義を語りながら殺害という手段を用いる
ここで「スタンダールは良い人だった」とまとめてしまうのは違います。
むしろ怖いのは、人間性の一部を残したまま、すでに危険な正義を実践していたところでしょう。
ステインは信念を確立した後の姿
ステインになると、「贋物のヒーローを粛清する」という目的が完全に固まります。
公式サイトでも、ステインは自分が贋物だと考えるヒーローを各地で殺害してきた人物とされています。刃物による攻撃と非常に高い身体能力を持ち、ヒーロー側にとって極めて危険なヴィランです。
ステイン時代の特徴 行動の傾向
徹底した信念の体現者 自分のヒーロー観をほとんど疑わない
贋物のヒーローを敵視 独自基準で粛清対象を決める
高い戦闘能力 刃物と身体能力を組み合わせて戦う
目的のためなら殺害も行う 独自の正義を実現する手段として暴力を用いる
オールマイトを特別視 「本物のヒーロー」の象徴として扱う
スタンダールとステインの違いは、単なる衣装変更でも名前変更でもありません。
迷いながら暴走していた男が、暴走そのものを自分の正義として完成させた。
それがステインなのです。
私はこの構造こそ、『ヴィジランテ』を観た後にヒロアカ本編のステイン戦が一段深く見える理由だと感じます。
ステインの個性「凝血」とは?スタンダール時代から同じ能力
ステインの“個性”は「凝血」。相手の血液を摂取することで、その相手の身体の自由を奪う能力です。スタンダール時代から同じ個性を使用しています。
『ヴィジランテ』公式キャラクターページでもスタンダールの“個性”は「凝血」とされ、『僕のヒーローアカデミア』公式サイトでもステインの個性は同じく「凝血」と紹介されています。
ここは「ヴィジランテ ステイン」「ステイン 個性」で検索する人が特に知りたいポイントでしょう。
凝血はどうやって発動する?
基本的な流れはシンプルです。
- 相手を刃物などで傷つける
- 血液を手に入れる
- その血を口にする
- 対象の身体の自由を奪う
ただし、この能力で特に注目したいのは、血を入手するところまではステイン自身の技量で戦わなければならないことです。
井上剛さんも公式インタビューで、「凝血」を使うには最初に相手へ一撃を与えなければならず、“個性”に頼らなくても戦えるほど鍛錬を重ねていたことが分かると語っています。
これ、地味にめちゃくちゃ重要なんですよ。
相手の血を舐めれば勝てるから強いのではありません。
プロヒーロー相手に血を取れるほど本人が強いから、凝血が恐ろしい。
順番が逆です。
保須市ではデクたちも凝血に苦しめられた
『僕のヒーローアカデミア』第29話「ヒーロー殺しステインVS雄英生徒」では、兄の仇を討とうとした飯田天哉がステインと遭遇。
緑谷出久も「ワン・フォー・オール フルカウル」で戦いますが、「凝血」によって動きを封じられます。その後、轟焦凍も加わってステインとの激戦になりました。
続く第30話では、出久・飯田・轟の連携によってようやくステインを倒します。
それでもステインは直後、出久を連れ去ろうとした脳無に反応し、自らの信念に従って行動しました。公式あらすじでも、贋物のヒーローだけでなく、むやみに力を振るう犯罪者も排除するという信念が描かれています。
ここから分かるのは、ステインが単純に「ヒーロー嫌いのヴィラン」ではないということです。
彼の中には彼なりの基準があり、その基準を満たした者と満たさない者を、危険なほど明確に選別していました。
だからこそ恐ろしいし、だからこそ物語上の存在感が強いのでしょう。
スタンダールの「狂気」と「信念」はどこで分かれた?
スタンダールの問題は、正義を求めたことではありません。自分だけの正義を絶対化し、他者の命まで独断で裁く権利があると考えたことです。
ここを分けて考えると、ステインというキャラクターがぐっと理解しやすくなります。
正義を追い求めた結果、自分自身も「偽物」になった
スタンダールは「悪を許さない」という非常に分かりやすい正義感を持っています。
しかし、その正義を実行するために殺害を選んだ時点で、大きな自己矛盾が生まれます。
誰かを救いたいから戦うのか。
悪人を裁きたいから戦うのか。
似ているようで、実はこの2つはまったく違います。
スタンダールの場合、後者へ傾きすぎました。
そしてナックルとの戦いによって、自分自身も理想の正義から外れていると気づいた結果、普通なら行動を改めそうなところを、彼は理想の基準そのものをさらに苛烈にする方向へ進みます。
ここがスタンダールの悲劇であり、恐怖でもあります。
ヒーロー社会への失望が「贋物の粛清」につながる
ステインが問題視するのは、ヒーローという名称を持ちながら、彼が理想とする「英雄」ではない者たちです。
本編の公式紹介でも、ステインは「ヒーローを騙るだけの贋物」が社会を歪めていると考えていました。
その思想を整理すると、次のようになります。
ステインが求めるもの ステインが否定するもの
他者を救うために動く英雄 ヒーローという肩書だけの存在
自己犠牲をいとわない覚悟 自分本位な動機
一貫した信念 状況によって揺らぐ正義
オールマイトに象徴される英雄像 ステイン自身が贋物と判断したヒーロー
ただし、ここで注意したいのは、ステインのヒーロー批判に一部理解できる点があったとしても、殺人による粛清まで正当化されるわけではないことです。
これはかなり重要な線引きです。
「主張の一部に考えさせられるところがある」と「行動が正しい」は別問題。
ヒロアカはここを意図的に分離して描いているからこそ、ステインをただの悪役以上の存在にしています。
オールマイトだけを特別視する理由
ステインの思想を語るうえで欠かせないのがオールマイトです。
ステインは多くのヒーローを贋物として否定する一方で、オールマイトを特別な存在として認識しています。
『ヴィジランテ』で描かれたスタンダールの変貌を見ると、このオールマイトへの傾倒も理解しやすくなります。
ナックルとの戦いによって「自分も偽物だった」と突き付けられたスタンダールは、では本物とは何なのかを極端なまでに純化していきました。
その答えとして、他者のために自分を投げ出し続ける“平和の象徴”オールマイトが彼の中で唯一無二の基準になった、と考えると一本につながります。
井上剛さんも、スタンダールからステインへの変化について、ステインを「自分なりの究極のヒーロー像」として組み上げていったものと解釈しています。
個人的には、ここがステインの面白さです。
彼はヒーローを憎んでいるように見えて、実際にはヒーローという存在を誰よりも神聖視しすぎた人物なのではないでしょうか。
好きすぎて解釈違いを許せなくなった――などと書くと急にオタクっぽくなりますが、構造だけを見るとかなり近いものがあります。
スタンダールをステインへ変えた人物は誰?
スタンダールの変貌を考えるとき、最も重要なのはナックルダスターです。
ただし、灰廻航一や蜂須賀九印も、スタンダールという人物の変化を読み解くうえでは無視できません。
ナックルダスターとの出会いが最大の転機
ナックルダスターは、資格を持たないまま街で活動するヴィジランテです。
公式プロフィールでは、ヒーロー資格を持たないにもかかわらずヒーロー並みの戦闘力を誇り、ヴィランを制裁する「鉄拳掃除人」と説明されています。
スタンダールとナックルには似た部分もあります。
どちらも制度の外側にいる。
どちらも暴力を使う。
どちらも自分なりのルールを持っています。
だからこそ、その違いが際立ちました。
スタンダールにとってナックルは、単なる「自分より強い相手」ではなく、自分が正義だと思っていたものを別の角度から否定する存在になったのです。
公式インタビューでも、ナックルとの戦いを経て、それまで完成していなかったスタンダールの信念が「贋物のヒーローへの粛清」という確固たるものへ変わったと井上さんが説明しています。
ナックルとの接触で起きたこと スタンダールへの影響
自分の正義を否定される 自分も理想から外れていると認識
戦いで敗北する それまでの価値観を再構築
ヒーローとは何かを考え直す 裁く対象を「悪人」から「贋物のヒーロー」へ変更
自分自身も偽物と判断 仮面を捨て、ステインへ変貌
「負けたから闇落ちした」という単純な話ではありません。
敗北によって、自分が何を間違えていたのかを独自解釈し直した結果、もっと危険になった。
ここがポイントです。
灰廻航一が示した「誰かを助ける」というヒーロー像
灰廻航一も重要です。
スタンダールはコーイチを救い、その志に共感を示しました。『ヴィジランテ』第6話の公式あらすじでも、その関係が明記されています。
航一はもともと、ヒーロー免許も名声もない大学生です。
それでも困っている人を見ると助けずにはいられない。
『ヴィジランテ』公式サイトでも、ヒーローの夢を諦めきれず「親切マン」を名乗り、ヒーロー活動まがいのボランティアをしていた人物と紹介されています。
ここには皮肉があります。
ステインが後に求め続ける「見返りを求めず他者を救う存在」の原型のような人物が、実はヒーロー免許を持たない航一なのです。
私はこれが『ヴィジランテ』側からステインへ向けた、かなり鋭いカウンターだと感じます。
本物のヒーローを探し続けたステインのすぐ近くに、本人が求めている要素を自然に持った人間がいた。
それでも彼は「誰を助けるか」ではなく、「誰を裁くか」に進んでしまったのです。
蜂須賀との関係も見逃せない
スタンダールは蜂須賀九印と一時的に協力関係にありました。
『ヴィジランテ』第6話では、蜂須賀の企みによってスタンダールがソーガたちを標的にする流れが描かれています。公式キャラクター紹介でも、蜂須賀と一時協力していたものの、ナックルとの戦いを経て決別したとされています。
つまりスタンダールの暴走を「周囲から理解されなかったから孤独になった」という心理だけで説明するのは少し単純すぎます。
実際には、
- 本人がもともと持っていた極端な正義感
- 蜂須賀との関係
- 航一が示す別のヒーロー像
- ナックルとの戦い
- 自分自身も偽物だったという認識
これらが重なり、ステインという人格・思想へ収束したと見るほうが自然です。
ヒーロー殺しステインの思想はヒロアカ本編に何を残した?
ステインの最大の恐ろしさは、戦闘力よりも思想が他人へ伝播したことです。
保須市でデクたちに敗れて逮捕されても、ステインの影響はそこで終わりませんでした。
敗北してもステインの影響力は消えなかった
アニメ第31話「『ヒーロー殺しステイン』その余波」では、ステイン逮捕後、そのカリスマ性によって世間に潜んでいた悪意が敵<ヴィラン>連合へ集まっていく可能性をグラントリノが危惧しています。
ここでステインは、一人の連続殺人犯から社会現象を生む思想的存在へ変わりました。
強いヴィランなら他にもいます。
しかし、本人がいなくなっても思想だけが広がるヴィランは、別種の怖さがあります。
ステインの思想・存在 ヒロアカ社会への影響
贋物のヒーロー批判 ヒーロー制度への疑問を刺激
強烈なカリスマ性 潜在的なヴィランたちを刺激
オールマイトへの信奉 「真のヒーローとは何か」という問いを強調
自分の命さえ惜しまない姿勢 危険な説得力を思想に与えた
トガヒミコやスピナーなど、ステインに強く惹かれたヴィランが敵連合へ加わっていく流れを考えれば、その影響力の大きさが分かります。
ただし彼らはステイン思想を完全に同じ形で継承したわけではありません。
ステインという強烈な存在が、それぞれの不満や衝動を外へ出す引き金になったと見るのが適切でしょう。
飯田天哉にも大きな変化を与えた
ステインはヴィラン側だけでなく、ヒーロー側にも影響を与えています。
特に大きいのが飯田天哉です。
兄・飯田天晴=インゲニウムを襲ったステインへの復讐心から、飯田は保須市で単独行動を取ります。
しかしステインとの戦いで追い詰められ、身を挺して仲間を助けようとする出久や轟の姿を見ることで、自分がヒーローとして何を見失っていたのかに気づいていきます。第30話では、出久・飯田・轟の連携によってステインを撃破しました。
つまりステインは、皮肉にも飯田に「ヒーローとは何か」を考え直させる存在にもなりました。
人を殺してヒーロー社会を正そうとした男が、結果として一人の少年をよりヒーローらしく成長させる。
ここもヒロアカらしい複雑さです。
最終決戦ではオールマイトのために戦う
物語終盤、ステインは再びオールマイトの前に姿を現します。
TVアニメFINAL SEASON第161話「The End of An Era, And The Beginning」では、オール・フォー・ワンと戦うオールマイトのもとへステインが駆け付け、「凝血」でAFOの動きを止めようとしました。
しかしAFOはステインの介入まで想定して対策しており、状況はさらに悪化していきます。
原作の展開では、ステインはここで命を賭け、最後まで自分が認めた“本物のヒーロー”であるオールマイトのために行動しました。
スタンダール時代から追いかけると、これは極めて象徴的です。
最初は「自分が悪を裁く」と考えていた。
次に「偽物のヒーローを裁く」と考えた。
そして最後には、自分が認めた本物のヒーローを守るため、自分自身を差し出す側へ回った。
もちろん、それによって彼が過去に犯した殺人が帳消しになるわけではありません。
それでもキャラクターの結末としては、彼が一生追い続けた「真のヒーロー」という理想へ、自分なりの方法で向き合った場面だったと私は感じます。
スタンダールからステインへの変化をどう見る?狂気と信念の本当の境界
ここからは私見です。
スタンダールからステインへの変貌を、「正義の人が社会に失望して狂った」という一文だけで片付けるのは、少しもったいないと考えています。
むしろ彼は最初から危うかった。
その危うさの原因は、正義感が強すぎたこと以上に、正義を他人と共有するものではなく、自分一人で判定できるものだと思い込んでいたことではないでしょうか。
問題は信念の強さではなく「他者を裁く権利」を独占したこと
ステインの信念には、思わず考え込んでしまう部分があります。
「肩書だけでヒーローと呼べるのか」
「報酬や名声を得る職業になっても、ヒーローはヒーローなのか」
「本当に人を救いたいという気持ちはあるのか」
これらはヒロアカ世界だけでなく、作品を観る私たちにも刺さる問いです。
しかしステインは、その問いに自分一人で答えを出し、基準から外れた相手の命を奪っていいと考えてしまいました。
ここに、信念と狂信の境界があります。
信念は自分を律するためのもの。
狂信は、自分の基準で他人まで強制的に律しようとするもの。
スタンダールからステインへの変貌は、まさにその境界を越える物語に見えます。
スタンダール時代を知るとステインの見え方が変わる
ヒロアカ本編だけを観ると、ステインはすでに完成された危険人物として登場します。
何を言われても揺らがない。
何をされても信念を変えない。
オールマイトだけを本物と認め、その他のヒーローを選別する。
しかし『ヴィジランテ』を見ると、その完成形になる前にはまだ会話するスタンダールがいたことが分かります。実際、井上剛さんも両者の演じ分けとしてそこを強く意識したと説明しています。
これが重要です。
ステインは生まれつきステインだったのではありません。
スタンダールという途中段階を経て、自分なりの答えを出し続けた先にステインが完成した。
だから怖い。
そしてキャラクターとして面白いのです。
「本物のヒーロー」を探した人物が見落としたもの
私がスタンダール編で特に面白いと感じるのは、彼の周囲に航一やナックルのような制度の外でも誰かのために動く人間がいたことです。
『ヴィジランテ』そのものが、選ばれたプロヒーローだけではなく、「目の前の人を救わずにはいられない人々」を描く物語です。公式イントロダクションでも、そのテーマが明確に掲げられています。
ところがスタンダールは、その光景を見ながら、「誰を救えばいいか」ではなく「誰が偽物か」を考える方向へ向かった。
ここが彼と航一の決定的な違いでしょう。
航一は「資格がないのに助ける」。
スタンダールは「資格があっても偽物なら裁く」。
同じヒーロー制度の外側から社会を見ているのに、出した答えが正反対なのです。
この対比を意識して『ヴィジランテ』を見ると、スタンダール編が単なる「人気ヴィランの過去編」ではなく、作品全体のヒーロー論を凝縮したエピソードに見えてきます。
まとめ
スタンダールは、『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』に登場するヒーロー殺しステインの過去の姿です。
当初から悪人を「断罪」と称して殺害する危険な正義感を持っていましたが、ナックルダスターとの戦いをきっかけに思想が大きく変化しました。
それまでの「悪を裁く」という発想から、「贋物のヒーローこそ社会を歪ませている」という思想へ進み、自分自身すら偽物だと判断してスタンダールという姿を捨てていきます。
整理するとポイントは次の通りです。
- スタンダールとステインは同一人物
- 本名は赤黒血染で、スタンダールはステイン以前の姿
- スタンダールの“個性”もステインと同じ「凝血」
- 「凝血」は血液を摂取した相手の身体の自由を奪う
- スタンダール時代から殺害を伴う危険な正義感を持っていた
- ナックルダスターとの戦いが最大の転機
- スタンダールはまだ礼儀や対話の余地を残していた
- 戦いを経て「贋物のヒーローを粛清する」という思想を確立
- オールマイトを「本物」の象徴として特別視する
- 保須市で敗北・逮捕された後も、その思想はヴィラン社会へ影響した
- 最終決戦ではオールマイトのもとへ駆け付け、自らの信念を最後まで貫いた
スタンダールからステインへの変化を知ると、「狂気に染まった」というより、もともと危うかった正義が、一度壊れたあと、さらに純粋で過激な思想として組み直されたことが分かります。
だからステインは単なる悪役では終わりません。
彼が間違っていることと、彼が投げかけた「本物のヒーローとは何か」という問いが意味を持つことは、同時に成立します。
そして個人的には、そこがヒロアカという作品のうまさだと思っています。
正義を語るヴィランを登場させるだけなら珍しくありません。
でも、そのヴィランがどうしてその結論へ至ったのかを『ヴィジランテ』で改めて描き、本編の「ヒーローとは何か」というテーマまで補強してしまう。
スタンダール編は、本編のステイン戦を観た人ほどチェックしてほしいエピソードです。
よくある質問
ヴィジランテのスタンダールはヒロアカのステインですか?
はい。同一人物です。
アニメ『ヴィジランテ』公式サイトでも、スタンダールは『僕のヒーローアカデミア』に登場する“ヒーロー殺し”ステインの過去の姿だと明言されています。声優も本編と同じ井上剛さんです。
ステインの個性は何ですか?
ステインの“個性”は「凝血」です。
相手の血液を摂取することで、その相手の身体の自由を奪います。スタンダール時代から同じ能力を持っていました。
ただし能力を発動するには相手の血を得る必要があるため、ステイン自身の剣術や身体能力も非常に重要です。
スタンダールはなぜステインになったのですか?
最大のきっかけはナックルダスターとの戦いです。
ナックルとの戦いを通して自分の正義を見直したスタンダールは、自分が本当に裁くべきなのは悪人ではなく「偽物のヒーロー」だと考えるようになります。
さらに自分自身も偽物の側にいると判断し、それまでのスタンダールという姿を捨てて、“ヒーロー殺し”ステインへ変貌していきました。



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