アニメ『ラザロ』の最終回ではスキナーを発見し、ハプナの特効薬を入手。人類は滅亡を回避し、ラザロの5人も正式なチームとして再出発します。
ただし、スキナーの真の目的は単純な「人類の選別」ではありませんでした。最終話まで見ると、ハプナ事件の裏には軍による生物兵器転用、スキポール空港事件、人間への絶望、そしてそれでも人類に残した最後の選択肢があったことが分かります。
この記事では『LAZARUS ラザロ』全13話のあらすじと伏線を整理しながら、最終回の結末、スキナーの目的、「ラザロ」という名前の意味、原作の有無、作品の評価までネタバレありで徹底考察します。
この記事を読むとわかること
- 『ラザロ』最終回で何が起きたのか
- スキナー博士がハプナ事件を起こした本当の理由
- ラザロチーム5人が選ばれた理由
- スキポール空港事件と軍の生物兵器計画の関係
- 「ラザロ」というタイトルに込められた意味
- 放送途中に浮上した「人類選別説」をどう見るべきか
- 『ラザロ』に原作があるのか
- アニメとして評価が分かれたポイント
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『ラザロ』最終回のネタバレと結末は?人類は救われる
結論から言うと、『ラザロ』最終回で人類は救われます。ラザロチームはスキナーを発見し、ハプナの特効薬につながる情報を手に入れることに成功しました。
『LAZARUS ラザロ』は全13話のオリジナルアニメで、最終話のタイトルは「THE WORLD IS YOURS」。公式あらすじでも、アクセルと双竜の最後の戦い、アベルによるハーシュ救出、そしてラザロたちがスキナーの居場所へ向かう最終局面が描かれています。
それまで世界は、「ハプナを飲んだ者が3年後に死ぬ」というスキナーの宣告によって滅亡寸前に追い込まれていました。
しかし最終回では、単なる「天才科学者VS特殊チーム」という構図をひっくり返すように、事件の背景そのものが明らかになります。
最終回までのあらすじを簡単に整理
物語の出発点は、脳神経学博士スキナーが開発した万能鎮痛剤「ハプナ」です。
ハプナは副作用がない「奇跡の薬」として世界中に普及し、人類を痛みから解放しました。ところが姿を消していたスキナーが3年後に突然現れ、ハプナは一定期間後に服用者を死に至らせる薬だと明かします。
さらにスキナーは、人類に残された時間が30日であること、自分だけが救命につながる手段を持っていること、そして「欲しければ私を見つけろ」と世界に突きつけました。
そこでNSA長官アベルのもとに集められたのが、
- アクセル
- ダグ
- クリスティン
- リーランド
- エレイナ
の5人です。
これがエージェントチーム「ラザロ」でした。
いやもう、世界滅亡まで30日なのにメンバーの自由度が高すぎる。普通なら会議室の空気だけで胃が痛くなりそうですが、この5人は妙にマイペース。その温度差も本作らしさでした。
スキナーは意外なほど近くにいた
ラザロたちが世界中を駆け回った末、スキナーがいたのはバビロニア・シティのホームレスたちが暮らす集落でした。
つまり、かなり早い段階からラザロたちはスキナーの近くまで来ていたことになります。
最終盤ではリーランドが以前目にした珍しいチューリップを思い出し、それがスキナー本人へたどり着く重要な手掛かりになります。
「世界中を探し回ったのに、そんなところにいたんかい!」とツッコミたくなる一方で、これはかなり『ラザロ』らしい答えです。
世界を救った偉大な科学者を探す人々が、社会から見落とされやすい場所を十分に見ていなかった。
スキナー探しそのものが、人類の「何を見るのか」を試す仕掛けにもなっていたと考えられます。
スキナーは特効薬を渡し、人類は生き残る
ついにハーシュたちはスキナー本人と対面します。
スキナーは敗北を認め、ハプナの特効薬につながる分子構造式をハーシュへ渡します。その後、特効薬は世界に行き渡り、ハプナによる人類滅亡は回避されました。
つまり『ラザロ』の結末は、
「スキナーを倒して世界を救う」のではなく、「スキナーを見つけたことで、彼が最後まで残していた人類生存の選択肢を受け取る」
というものです。
ここはかなり重要です。
スキナーは最後まで、人類が必ず滅びるようには設計していませんでした。
「私を見つけられたなら世界を返す」。
最終話「THE WORLD IS YOURS」というタイトルには、まさにその意味が込められていたことが脚本チームのアフタートークでも語られています。
スキナー博士の真の目的は?「人類の意識進化」だけではなかった
スキナーの本当の動機は、人類を進化させるための選別というより、軍によるハプナの生物兵器転用とスキポール空港事件をきっかけに、人類そのものへ絶望したことでした。
放送途中では、スキナーの目的を「人類の意識進化」「苦痛から解放された新しい人間の創造」と読むことも十分に可能でした。
実際、ハプナ、人類の存亡、環境問題、「7番目のラッパ吹き」といったモチーフは、スキナーを人類を裁く存在のように見せています。
しかし最終回まで踏まえると、この解釈だけでは足りません。
ハプナによる苦痛からの解放は計画の出発点
一見すると、ハプナは人類にとっての福音でした。
痛みを大幅に取り除く夢のような鎮痛剤として普及したことで、人々の生活だけでなく社会そのものが変化していきます。
ところが、その薬が突然「死」の象徴へ反転します。
項目 ハプナが意味していたもの
当初の役割 人間を苦痛から解放する鎮痛剤
スキナーの声明後 3年後に服用者を死へ導く脅威
社会への影響 人類規模の恐怖と混乱
最終回で判明する背景 生物兵器転用をめぐる軍とスキナーの対立
最後に残されたもの 人類が生存できる特効薬
ここが非常に皮肉です。
痛みを消すために生まれた薬が、人類にこれ以上ないほど強烈な「死への恐怖」を与える薬になる。
この反転こそ、本作のSFとして面白い部分だと私は感じました。
軍はスキナーの研究を生物兵器へ転用しようとしていた
最終回で大きく状況を変えるのが、陸軍情報保全コマンド側の動きです。
アベルはシュナイダーに対し、スキナーの研究を生物兵器へ転用しようとしていたこと、その事実を公表しようとしたスキナーを襲撃したことを突きつけます。
その過程で薬品が流出し、多数の死傷者を出したのがスキポール空港事件でした。
さらに、この事件は表向きにはテロ事件として処理されていました。
これによってスキナーを見る角度が大きく変わります。
彼は最初から「人類を殺して新世界を作ろう」としていた典型的なマッドサイエンティストではありません。
むしろ、人類を救うために科学を使ってきた人物が、その科学を人間自身によって殺人兵器へ変えられようとした。
その結果、「そもそも人間は救う価値のある存在なのか」という疑問へたどり着いてしまったのです。
「進化の選別装置」という考察は完全な間違いだったのか
ここは旧来の考察を全部捨てる必要はないと思います。
放送途中では、ハプナを「人類をふるいにかける装置」と読む材料がかなり揃っていました。
- 苦痛から解放された社会
- 人類滅亡までのカウントダウン
- 環境危機へのスキナーの強い危機感
- 人類そのものに判断を委ねるような声明
- 「7番目のラッパ吹き」という終末を想起させる言葉
これらを見ると、スキナーが人類を強制的に「次の段階」へ進めようとしているようにも映ります。
ただ、最終回まで見た現在なら、「進化させること」が最終目的だったというより、人類に生存する価値があるかを最後まで問い続けたと整理する方が自然です。
つまりスキナーは新しい人類を創造する神になりたかったというより、絶望した科学者として、人類自身に最後の判断を突きつけたのでしょう。
ここ、似ているようで結構違います。
「俺が人類を進化させてやる!」ではなく、「君たちは本当に生き続ける価値があるのか?」なんですよね。
『ラザロ』最大の伏線はスキポール空港事件だった
『ラザロ』の伏線を振り返ると、最終回の核心へ直結するのはスキポール空港事件と、ラザロの5人が持つハプナへの特殊な耐性です。
物語序盤ではスキナーの過去、核シェルター、沈んだ島、コミューンなど大量の情報が提示されるため、つい「スキナーが何十年もかけて人類選別計画を準備していたのでは?」と考えたくなります。
しかし最終的な答えは、もっと人間臭いものでした。
第1話の「ハプナ」と7番目のラッパ
第1話から最大の謎として提示されたのがハプナです。
世界を苦痛から解放した薬が、実は人類を滅亡させる可能性を持っていた。
そしてスキナーは、自分を「7番目のラッパ吹き」に重ねるような表現を用います。
これは新約聖書『ヨハネの黙示録』を連想させるモチーフで、終末や審判のイメージと強く結びついています。
そのため序盤では、
「スキナー自身が人類を裁く神の位置に立っているのでは?」
という考察が成立していました。
ただし最終回を見ると、スキナー自身もまた死から逃れられない立場です。
完全な神として人類の外側に立っていたわけではなく、自分自身も含めて「人間」を裁きの対象にしていた。
この点がスキナーという人物を単純な悪役にさせていません。
第2話の核シェルターと大量のスキナー
第2話では、エレイナの調査によってスキナーが過去に核シェルターを購入していたことが判明します。公式あらすじでも、この核シェルターが初期の重要な手掛かりとして扱われています。
さらに顔認証によって大量の「スキナー」が検出され、本物の居場所を絞れない事態に。
ここでは、
- スキナーには協力者がいるのか
- 大量の偽物は何のためなのか
- 核シェルター購入は人類滅亡を予期していた証拠なのか
- すべてが壮大な計画の一部なのか
という疑問が浮かびました。
ただ、最終回から逆算すると、これらすべてを「人類抹殺計画の準備」と断定するのは危険です。
スキナーは以前から環境問題にも強い危機感を持ち、沈みゆく島々の住民を支援していた人物でもあります。
「終末の準備をしていた悪人」に見える情報と、「危機を予測して行動していた善良な科学者」の情報が意図的に重ねられていたわけです。
ここはミステリーとしてなかなか意地悪。こちらが勝手にラスボスを巨大化させていた部分もあります。
スキポール空港の映像で物語が反転する
中盤以降、スキポール空港で何が起きたのかが重要になります。
スキナーが空港にいた際、米軍側の人員が介入し、銃撃によって彼の持っていた薬品が流出。多くの人々が命を落とす事件へ発展します。
しかし真相は公にされず、別の事件として処理されていました。
スキナーにとって決定的だったのは、おそらく「自分の研究が悪用されそうになった」ことだけではありません。
その悪用を止めようとした結果、無関係な人々まで死に、それでも国家組織が真相を隠そうとしたこと。
科学への裏切りというより、人間そのものへの失望だったと考えられます。
ラザロチーム5人の正体は?全員が「死から戻った者」だった
最終回最大級の伏線回収は、なぜアクセル、ダグ、クリス、リーランド、エレイナの5人がラザロに選ばれたのかという答えです。
この5人には共通点がありました。
彼らはスキナーの薬品が流出した事件に関係し、特殊な耐性を獲得していた人物だったのです。
最終話ではアベルから、5人の遺伝子に変化が生じ、薬に対する耐性を持ったことが説明されます。
そして彼らは一度「死」を経験しながら戻った存在として、「ラザロ」という名前とつながっていきます。
なぜチーム名が「ラザロ」なのか
ここでタイトルそのものが伏線だったことが分かります。
「Lazarus(ラザロ)」は、新約聖書『ヨハネによる福音書』に登場し、死から蘇る人物として広く知られています。
本作でもラザロの5人は、単に「世界を救う特殊部隊だからカッコいい横文字を付けました」というわけではありません。
死と隣り合わせになりながら生還した者たちだからこそ、ラザロ。
最終回でチーム結成そのものの意味が完成するわけです。
全13話かけて「スキナーを探すチーム」を描いていたと思ったら、実は「ラザロというチームが本当の意味で誕生するまで」を描いていた。
脚本チームのアフタートークでも、13話全体を通して正式なチーム・ラザロが形成される物語という趣旨が語られています。
この見方をすると最終回の印象がかなり変わります。
エレイナの発症と回復も伏線だった
終盤ではエレイナにハプナの症状が現れます。
ところが、その後エレイナは回復します。
当初は「なぜ?」となる場面ですが、最終回の耐性の説明によって、これも5人の特殊性を示していた伏線だったと分かります。
アクセルたちが普通なら生還できない状況を何度もくぐり抜けていることも、「主人公補正だから」で済ませず、物語上の意味を与えた形です。
まあアクセルの場合、主人公補正を抜いても身体能力がおかしいのですが。
そこは監督自身も、強さの秘密を説明しすぎない方針だったことをアフタートークで明かしています。
NSAと陸軍情報保全コマンドの思惑は?ラザロも使い捨てになる予定だった
ラザロチームは最初から英雄として扱われていたわけではなく、機密任務のために利用され、必要なら切り捨てられる可能性のある存在でした。
旧記事でもNSAによる監視と操作は重要なポイントとして取り上げていましたが、最終回まで見ると、その構図がさらに明確になります。
腕輪はラザロを自由にしないための象徴
アクセルたちには管理用の腕輪が装着され、完全な自由を与えられていませんでした。
彼らは世界を救う任務に投入されているものの、国家組織から全面的に信頼されていたわけではありません。
脚本チームのアフタートークでは、ラザロは必要ならいつでも切れるチームだったため、アベルやハーシュが重要機密をすべて共有できなかったという背景も説明されています。
つまり、
世界を救う5人なのに、世界を動かす側からは「危険人物」でもある。
ここにも本作の皮肉があります。
ハーシュは5人を守ろうとしていた
一方で、ハーシュは単なる冷酷な司令官ではありませんでした。
表向きは淡々とラザロを指揮していますが、裏では彼らが処分されないよう働きかけていたことが制作側から明かされています。
だからこそ最終回で、スキナー事件の真相を知った5人が「今度こそ消されるのではないか」と警戒する場面にも緊張感があります。
実際、当初はそうした処理も想定されていました。
しかしアベルが現れ、大統領令によって彼らは自由の身となります。
そして腕輪も外されました。
最終的にラザロは「自分の意思」で再結成する
ここが地味ながら大切なポイントです。
序盤のラザロは、
命令されて集められたチーム
でした。
最終回のラザロは、
自由になったうえで、それでも再び参加することを選ぶチーム
になります。
この差は大きいです。
作品全体で「選択」が繰り返されてきましたが、最後に5人自身が自由意思でラザロになる。
筆者としては、スキナーとの対決以上にここがタイトル回収の本命だったのではないかと感じています。
スキナーとハーシュの関係から見る『ラザロ』の結末
スキナーの最期を理解するうえでは、人類規模のSF設定だけでなく、ハーシュとの個人的な関係を見ることが欠かせません。
世界規模の滅亡危機を扱っていた作品が、最後の最後で描くのは意外なほど静かな二人の会話です。
スキナーはなぜハーシュを置いて消えたのか
ハーシュは、なぜ自分を置いて一人で行ったのかとスキナーに問いかけます。
スキナーは、彼女まで巻き込みたくなかったという趣旨の思いを明かします。
さらにスキポール空港事件によって変わってしまった自分を見られたくなかったという感情も読み取れます。
対するハーシュは、それでも共に行きたかった。
ここまで世界規模の追跡劇をやっておいて、最終的に出てくるのが「一人で抱え込まず相談しろよ」という猛烈に人間臭い問題なのが『ラザロ』らしいところです。
スキナーは人類について考えすぎた。
でも一番近くにいた一人の人間とは、十分に向き合えなかった。
このズレが彼の悲劇だったのでしょう。
アクセルの答えがスキナーを動かした
スキナーは最後に、この世界をどう思うかという問いをアクセルへ投げかけます。
アクセルの答えは、世界を無条件に肯定するものではありません。
ひどいこともたくさんある。
それでも、全部捨てるほどではない。
この非常にアクセルらしい現実的な肯定こそ、スキナーが探していたものだったのではないでしょうか。
「人類は素晴らしいから救うべきだ」と言われても、スキナーには響かなかったはずです。
むしろ、
「最低なところもある。でも、それだけじゃない」
という答えだから意味がある。
私はここに『ラザロ』のかなり大事な価値観が表れていると感じました。
「蘇生」「7番目のラッパ」など宗教的メタファーは何を意味する?
『ラザロ』はSFアクションとして走りながら、タイトルやスキナーの表現に宗教的なイメージを重ねています。
ただし、最終回まで見ると「スキナー=神」という単純な図式ではなく、死、再生、審判というイメージを人間自身の選択へ置き換えた作品として読む方が面白いでしょう。
「蘇生」と人間性の再定義
『ラザロ』というタイトルが示す通り、本作には一貫して「死から戻る」というモチーフがあります。
当初は人類そのものがハプナによって死に近づき、スキナーの特効薬によって救われるという巨大な蘇生物語に見えます。
しかし最終話では、ラザロチーム5人自身も「死から戻った者」に近い存在だったことが判明します。
モチーフ 物語上の意味
ラザロ 死から戻った5人
ハプナ 痛みの消失と死を同時に象徴する薬
スキナー 人類へ生存価値を問いかける科学者
特効薬 人類に残された再生の可能性
最終回 強制された任務から自由意思による再出発へ
つまり本作の「蘇生」は肉体だけではありません。
世界も、ラザロというチームも、一度崩壊寸前まで追い込まれた後に別の形で生まれ直しています。
「7番目のラッパ」は最後の審判を想起させる
スキナーが用いる「7番目のラッパ吹き」という表現は、『ヨハネの黙示録』の終末的イメージを連想させます。
放送途中では、これが「スキナーは自らを人類の審判者だと考えている」という説の大きな根拠になりました。
実際、その読み方は最終回後も完全には消えません。
ただ私は、スキナー自身が「神」なのではなく、人類が自分自身を裁く状況を作った人物と見る方がしっくりきます。
見つけられなければ滅びる。
見つけられれば生き残れる。
最終的な答えを決めるのはスキナー一人ではない。
だから最終回は「THE WORLD IS YOURS」なのでしょう。
世界はスキナーのものではなく、もう一度人類へ返されたわけです。
『ラザロ』に原作はある?漫画や小説の結末ではない
アニメ『LAZARUS ラザロ』に先行する漫画・小説の原作はありません。渡辺信一郎が原作・監督を務めるオリジナルアニメです。
公式サイトでも「原作・監督:渡辺信一郎」と明記され、アニメーション制作はMAPPA、アクション監修は『ジョン・ウィック』シリーズで知られるチャド・スタエルスキ率いる87Eleven Action Designが担当しています。
そのため、
「原作ではスキナーはどうなる?」
「漫画の最終回は違う?」
と気になった方もいると思いますが、アニメ第13話の結末そのものが現時点で本編の答えです。
原作ストックを消化した作品ではないので、「原作を読めば続きが分かる」というタイプではありません。
これは検索するとかなり混乱しやすいところなので、しっかり押さえておきたいですね。
制作陣もかなり豪華
本作は原作の知名度ではなく、クリエイター陣そのものが大きな注目ポイントでした。
- 原作・監督:渡辺信一郎
- キャラクターデザイン:林明美
- アクション監修:チャド・スタエルスキ
- アニメーション制作:MAPPA
- 音楽:Kamasi Washington、Bonobo、Floating Points
- アクセル役:宮野真守
- スキナー役:山寺宏一
- ハーシュ役:林原めぐみ
という布陣です。
特にアクセルのパルクールを中心としたアクションは、本作を語るうえで外せません。
ストーリーへの評価が割れても、「動きだけで見続けられる」というタイプの強さがあるんですよね。
『ラザロ』の評価は?賛否が分かれた理由を考察
『ラザロ』は映像、アクション、音楽への評価が高い一方、スキナー捜索の回り道や最終回の説明量については評価が分かれやすい作品です。
これは作品の欠点というだけでなく、「何を期待して見たか」によって評価が大きく変わるタイプだと感じます。
高く評価したいのはアクションと音楽
まず映像面はかなり強いです。
渡辺信一郎監督作品らしい音楽と映像の融合に加え、チャド・スタエルスキがアクション監修として参加。
アクセルのパルクールには、単に「作画がヌルヌル動く」という以上の気持ちよさがあります。
重力、距離、建物の構造まで使ってキャラクターが移動するので、街そのものがアクションステージになるんです。
音楽についてもKamasi Washington、Bonobo、Floating Pointsという布陣が作品の近未来感を支えています。公式にはオープニングテーマ「Vortex」が第77回エミー賞のオリジナル・メインタイトル・テーマ音楽部門にノミネートされたことも発表されています。
評価が割れたのは「伏線の期待値」が上がりすぎたから
一方で、物語面では好みが分かれると思います。
核シェルター、沈んだ島、カルト教団、ポップコーン・ウィザード、双竜、ウェントン計画など、多くの要素が登場します。
すると視聴者側は当然、
「これ全部スキナーの超巨大計画につながるんですよね?」
と身構えます。
しかし最終的なスキナーの動機は、意外なほど個人的です。
軍による研究の悪用。
空港で起きた惨劇。
人間への失望。
ハーシュを巻き込みたくないという思い。
これを「壮大な伏線からすると小さすぎる」と感じるか、「だからこそ人間ドラマとして面白い」と感じるかで評価が分かれます。
海外レビューでも、ビジュアルやアクションを評価しつつ、13話の中でスキナー捜索以外の要素に多く時間を使ったことや、最終局面が駆け足に感じられたという批評が見られました。
個人的には、ミステリーの答えとして見ると少し肩透かし、人間ドラマとして見ると腑に落ちるというのが一番近い評価です。
『ラザロ』最終回を踏まえた核心テーマを考察
ここからは筆者の考察です。
『ラザロ』が最終的に描いたのは「人類は善か悪か」という単純な問いではなく、欠点だらけの世界でも、生き続ける理由を見つけられるのかという話だったのではないでしょうか。
スキナーは敵なのか、救世主なのか
一般的な倫理観で考えれば、スキナーの行動は到底肯定できません。
世界規模で人々を恐怖に陥れ、多くの人間の命を危険にさらした。
どれだけ絶望していたとしても、その手段が許されるわけではありません。
一方でスキナーは、完全に救済手段を消してはいませんでした。
自分を見つけられれば人類を救う。
この条件を残しています。
したがって彼は、
- 人類を滅亡の危機へ追い込んだ人物
- 人類に最後のチャンスを残した人物
という二面性を持っています。
「悪人か救世主か」の二択に収まらないからこそ、スキナーは最後までスキナーだったのでしょう。
人類の意識進化ではなく「世界との距離」がテーマだった?
制作側のアフタートークでは、本作について一つの正解を提示することより、視聴者が自分なりに受け止めることが重視されています。
さらに、世界では大変なことが起き続けている一方で、人間は明日の食事のような身近なことも考えながら生きている――その距離感も本作の重要な部分として語られました。
これを踏まえると、『ラザロ』の人物たちが世界滅亡寸前なのに妙に普通に見えることにも意味が出てきます。
私たちだってニュースで世界規模の問題を見た直後に、
「そういえば牛乳切れてたな」
と考えます。
人間とは、そういう生き物です。
スキナーは人類全体を見すぎて絶望した。
アクセルたちは目の前の仲間や生活を見ながら、それでも世界を捨てなかった。
この対比こそ『ラザロ』の核心なのではないでしょうか。
「0 days left for us」はハッピーエンドではない
もう一つ見逃したくないのが、最後に示される「0 days Left for us」というメッセージです。
制作側によれば、これは単純に「カウントダウン終了、世界は助かりました!」という意味ではなく、私たちにはもう一日も残されていないという危機感を込めた表現です。
ハプナ問題は解決しました。
でも世界から争いも環境問題も国家間の対立も消えていません。
実際、後日談にも北極をめぐる軍事的緊張が残されています。制作側も、ハプナから救われても人類の問題そのものは終わっていないという意味を込めたことを明かしています。
だから『ラザロ』は完全なハッピーエンドではない。
「今回の世界滅亡は防いだ。では次はどうする?」
と視聴者へボールを返して終わっています。
最終回タイトルの「THE WORLD IS YOURS」ときれいにつながります。
『ラザロ』最終回・結末まとめ
『LAZARUS ラザロ』最終回では、ラザロたちがついにスキナーを発見し、ハプナの特効薬を入手。世界規模の危機は回避されました。
そして、それまで謎だったスキナーの動機やラザロ5人の共通点も明かされます。
- スキナーの研究は軍によって生物兵器へ転用されようとしていた
- スキナーが告発しようとしたことでスキポール空港事件が発生した
- 事件と隠蔽を通じ、スキナーは人類に絶望した
- ハプナ事件は「人類に生きる価値があるのか」を問う行動へ発展した
- ラザロの5人には薬への特殊な耐性があった
- 「ラザロ」という名前は死から戻った彼ら自身にも重なる
- スキナーは発見されることで特効薬への道を開いた
- 人類は救われ、5人も自由になる
- 5人は改めて自分たちの意思でラザロへ参加する
- スキナーはその後死亡し、ハーシュが墓を訪れる後日談も描かれる
- 世界は救われても、人類が抱える問題そのものは終わっていない
放送途中では「スキナーは人類の意識進化を目指しているのでは」「ハプナは人間を選別する装置なのでは」といった壮大な考察が成立しました。
しかし最終回まで見ると、その奥にあったのはもっと身近で、もっと苦い感情です。
人間を信じていた人間が、人間に絶望してしまった。
それでもスキナーは最後の扉を完全には閉ざしませんでした。
そしてアクセルたちは、「この世界は問題だらけだけれど、それでも捨てたものではない」という側に立つ。
個人的には、ここが『ラザロ』という作品で最も好きな部分です。
世界を救うには「人類は素晴らしい」と証明する必要なんてない。
ダメなところだらけでも、まだ続けてみる価値はある。
そんな少し肩の力が抜けた肯定が、派手なアクションの向こう側に残る最終回でした。
よくある質問
『ラザロ』の最終回で人類は滅亡する?
滅亡しません。
ラザロチームがスキナーを発見し、ハプナの特効薬につながる情報を入手したことで薬が世界へ行き渡り、人類は危機を脱します。
ただし、ラストでは世界が抱える別の問題まで解決したわけではないことも示されており、「これですべてめでたし」とはしない結末になっています。
スキナーの本当の目的は人類の選別だった?
人類選別だけが目的だったと断定するのは不正確です。
途中まではそのように見える演出が多いものの、最終回では、軍によるハプナ研究の生物兵器転用とスキポール空港事件をきっかけにスキナーが人類へ絶望した経緯が明らかになります。
最終的には「人類に生存する価値があるのか」を試すような行動だったと見るのが自然でしょう。
アニメ『ラザロ』に原作漫画や原作小説はある?
ありません。『LAZARUS ラザロ』は渡辺信一郎が原作・監督を担当した全13話のオリジナルアニメです。
そのため、アニメ最終回より先の展開を読める原作漫画や小説はありません。
なお制作側は最終回後のアフタートークで、チーム・ラザロが今後も活動できる形のラストにしたことや、続編について前向きなニュアンスも示していますが、少なくともそこで正式な次期シリーズ決定が発表されたわけではありません。
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