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『君が死ぬまで恋をしたい』あらすじをわかりやすく解説|アニメはどんな物語?

戦争用の兵器を育てる学校で出会い向き合うシーナとミミ 未分類

『きみが死ぬまで恋をしたい』は、戦争のために育てられる14歳のシーナと、圧倒的な戦闘能力を持つ少女ミミが出会い、「誰かと一緒に生きたい」という願いを見つけていく物語です。

かわいらしい学園生活のすぐ隣に戦争と死がある――。2026年7月7日に放送を開始したアニメ版では、シーナとミミの日常、セイランとアリの喪失、そして「生きるとは何か」が静かに積み重ねられています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

この記事では、アニメ第9話までの内容と、公式に公開されている第10話「忘れない日」のあらすじをもとに、『きみが死ぬまで恋をしたい』がどんな物語なのかを整理します。

なお、作品の正式タイトルは『きみが死ぬまで恋をしたい』です。「君が死ぬまで恋をしたい」と検索してたどり着いた方も、同じ作品を探していると考えて大丈夫です。

『きみが死ぬまで恋をしたい』のあらすじは?どんなアニメ?

一言でいえば、「死ぬことが日常になった学校」で暮らすシーナとミミが、互いの存在によって“生きたい理由”を見つけていく物語です。

舞台は、身寄りのない子どもたちを受け入れ、戦争で使われる魔術兵器として育成する学校。

公式では、シーナたちの暮らす場所が「身寄りのない子供を戦争用の兵器として育てる学校」と説明されています。主人公のトツキ・シーナは14歳で、死と隣り合わせの暮らしを周囲のように当たり前とは思えず、強い戸惑いを抱えています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

普通の学校のように授業があり、食事があり、友達がいて、同じ部屋で眠るルームメイトもいる。

しかし、その日常の延長線上には戦場があります。

生徒たちは魔法を学び、戦うための訓練を受け、やがて実際の戦闘にも関わっていきます。

「昨日まで一緒にご飯を食べていた友達が、明日は帰ってこないかもしれない」。

そんな現実が、シーナたちにとっては遠いニュースではありません。

物語の第1話では、シーナのルームメイトが戦いで命を落とします。

学校にとっては戦争が続く以上、起こり得る出来事の一つ。

けれどシーナには、それを「仕方がない」と簡単に飲み込むことができません。

「どうしてみんな平気なの?」

この疑問が、シーナという主人公を理解するうえで非常に重要です。

シーナは世界を救うために立ち上がる英雄でも、圧倒的な戦闘能力を持つ天才でもありません。

怖いものを怖いと思う。

人が死ねば悲しい。

誰かを傷つけることにも抵抗がある。

むしろ僕たち視聴者に近い感覚を持っている少女だからこそ、この異常な世界の残酷さが伝わってきます。

そんなシーナが、ルームメイトを失った日の夜に出会うのがカガリ・ミミです。

大量の血にまみれた小柄な少女。

シーナにとってはあまりにも衝撃的な出会いでした。

ところが翌日、その少女がシーナのクラスへ転入してきます。

しかも、ミミは新しいルームメイトになるのです。

ミミは幼く無邪気に見える一方、学校では圧倒的な戦闘能力を持つ「秘密兵器」と噂されている存在です。第1話の公式あらすじでも、血にまみれたミミとの出会いと、彼女がシーナの新しいルームメイトになるところから物語が始まることが示されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

ここから始まるのが、

「死ぬのが怖い少女」と「死と普通ではない距離にいる少女」

の共同生活です。

『きみが死ぬまで恋をしたい』という作品を初めて知った人には、まずここを押さえてほしいです。

この作品は、単純に「強い少女たちが魔法で戦うアニメ」ではありません。

戦争は物語を動かす大きな背景ですが、本当に描かれているのは、そんな環境で少女たちが何を大切にし、誰と生きたいと願うようになるのかです。

僕は本作の中心にある問いを、「死なないことと、生きていることは同じなのか?」だと受け取っています。

命が続くだけで、人は「生きている」と言えるのか。

明日を楽しみにする理由があって初めて、生きることに意味が生まれるのではないか。

シーナとミミの関係を追っていくと、この問いが少しずつ輪郭を持ってくるんです。

アニメの基本情報

項目 内容
作品名 きみが死ぬまで恋をしたい
原作 あおのなち
放送開始 2026年7月7日
主人公 トツキ・シーナ
シーナ役 高橋李依
ミミ役 日高里菜
セイラン役 瀬戸麻沙美
アリ役 石川由依
監督 友田康
シリーズ構成・脚本 花田十輝
キャラクターデザイン 油布京子
アニメーション制作 ROLL2

原作はあおのなちさんによる漫画で、公式サイトでは「コミック百合姫/一迅社刊」と案内されています。アニメ版は友田康監督、シリーズ構成・脚本を花田十輝さん、キャラクターデザインを油布京子さん、アニメーション制作をROLL2が担当しています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1


シーナとミミはなぜ特別な関係になっていく?

2人の距離を縮めるのは、命を懸けた大事件だけではありません。「一緒に食べる」「帰りを待つ」といった小さな日常の積み重ねです。

シーナは戦争が嫌いです。

人を傷つけることにも抵抗があり、学校の価値観へなかなか馴染むことができません。

一方のミミは、模擬戦でも圧倒的な力を見せます。

第2話では、一人三体の仮想敵を倒す訓練でミミが余裕を見せる一方、シーナは攻撃を受けて大きな負傷をするという、2人の戦闘能力の差がはっきり描かれました。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

つまり、能力だけを比較すれば正反対です。

ミミは強い。

シーナは戦闘が苦手。

ところが精神的な部分を見ると、単純な「強いミミが弱いシーナを守る関係」にはなっていません。

むしろミミも、シーナと暮らすことで少しずつ変化していきます。

象徴的なのが、2人の間にある何気ない食事や会話です。

一緒にご飯を食べる。

同じ部屋へ戻る。

隣で眠る。

相手が帰ってくるのを待つ。

どれも平和な世界なら、それほど特別ではないでしょう。

でも『きみ死ぬ』の世界では違います。

学校から戦場へ行った人が、必ず帰ってくるとは限らない。

だからこそ「今日も一緒にいる」という事実そのものが、少しずつ特別になっていきます。

ここが、この作品の恋愛描写のうまいところなんですよね。

突然ドラマチックな告白をして、そこから恋愛が始まるわけではありません。

「あなたが帰ってきてくれてうれしい」

「あなたといる時間がなくなると寂しい」

そんな感情が積み重なって、気づけば相手が自分の日常から切り離せない存在になっている。

恋という言葉より先に、生活の中へ相手が入り込んでいくんです。

シーナにとってミミは、最初は血まみれで現れた得体の知れない少女でした。

しかし一緒に暮らせば、ミミにも無邪気に笑う時間があり、退屈する時間があり、人を気にかける心があることが分かってきます。

学校がミミを「秘密兵器」として見るのに対し、シーナは少しずつカガリ・ミミという一人の少女を見るようになる。

この違いは大きいです。

そしてミミにとっても、シーナは「戦えるから価値がある」と判断してくる人物ではありません。

血まみれで戻ってきたとしても、戦果ではなくミミ自身を心配してくれる。

ここに、兵器として扱われてきた少女が「自分を待ってくれる人」を知る意味があります。

※画像はAIによるイメージ

僕は、この作品における恋とは「相手を自分の日常へ迎え入れること」なのではないかと感じています。

壮大な世界を救わなくてもいい。

たった一人の「帰ってきてほしい人」ができる。

それだけで、死と隣り合わせだった世界の見え方が変わっていくんです。


なぜ学校では死が日常なの?セイランとアリが示した世界の残酷さ

少女たちは戦争のための兵器として教育され、戦場へ向かう可能性があるため、友達との死別が学校生活の中へ入り込んでいます。

本作の世界観を理解するうえで、セイランとアリの物語は非常に重要です。

リジィ・セイランは、シーナのクラスメイト。

公式のキャラクター紹介では、仲間思いで戦いが苦手なシーナを気にかける一方、正義感の強さゆえに不器用な部分もある少女と説明されています。

モード・アリも同じクラスの生徒で、穏やかな性格を持ち、普段からセイランへ優しく寄り添っています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

2人の関係が胸に残るのは、戦争だけが描かれるわけではないからです。

一緒に過ごす部屋。

学校生活。

何気ない会話。

当たり前のように隣にいる時間。

そうした穏やかな日常が先に積み重ねられるため、それが失われたときの空白が大きく見えます。

そしてセイランは戦場で命を落とします。

ここで本作が残酷なのは、「戦死しました」という情報だけで終わらないことです。

亡くなった人の荷物は残る。

使っていた物も残る。

部屋も残る。

昨日までの生活の形がそのまま残っているのに、本人だけが帰ってこない。

死そのもの以上に、「死んだ人がいない日常」を描く。

これが『きみ死ぬ』の喪失描写の特徴だと思います。

残されたアリは、その現実と向き合わなければなりません。

しかも、この世界では戦争が続いています。

一人を失ったからといって、学校全体の時間が止まってくれるわけではありません。

次の日にも授業がある。

食事の時間も来る。

周囲の人間も生活を続ける。

悲しいから世界が止まってくれる――そんな優しさはないんです。

だからこそ、シーナやミミがアリのそばにいる場面が際立ちます。

彼女たちができるのは、起きた出来事を消すことではありません。

セイランを失った事実そのものを、言葉一つで軽くすることもできない。

できるのは、ただ隣にいること。

悲しみを消すのではなく、悲しんでいる人を一人にしない。

僕はこの距離感に、本作の優しさが一番よく表れていると感じました。

セイランの死は、アリだけの物語でもありません。

シーナとミミにとっても、「大切な人を失う」ということを現実として突きつける出来事になります。

特にシーナは、それまで自分自身の「死にたくない」という感情を強く抱えていました。

しかし目の前で誰かが大切な人を失う姿を見ることで、恐怖の方向が変わり始めます。

自分が死ぬのが怖い。

それだけではなく、

「ミミを失うのも怖い」

という感覚です。

ここが物語の大きな転換点だと僕は見ています。

恋愛の進展を、告白やデートだけで描かない。

「喪失を知ったことで、今そばにいる人が大切だと気づく」という形で描くからこそ、シーナとミミの関係にはこの世界ならではの説得力があります。


ミミはなぜ死なない?蘇生魔法とシーナの治癒魔法とは

ミミの過去には蘇生魔法が関わっており、第9話ではその魔法と対になるように、シーナが治癒魔法を学ぶ道へ進み始めます。

セイランの死後、物語で大きく焦点が当たるのが蘇生魔法です。

第9話「わたしの魔法」の公式あらすじでは、仲の良かった存在を初めて失ったミミが、アリに対して蘇生魔法を使えばセイランを戻せるという趣旨の考えを伝えたことが示されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

ここで大切なのは、ミミの言葉を単純な無神経さとして片づけないことです。

ミミにとって、「死んだ人は絶対に戻らない」という常識は、シーナたちと同じ形では存在していません。

だからこそアリの悲しみを見たとき、ミミなりに「戻せる方法があるなら使えばいい」と考える。

その発想には、ミミ自身の過去と存在の特殊さが強く影響しています。

しかし、だからといって蘇生がすべてを解決するわけではありません。

むしろ本作が面白いのは、「死を越える魔法がある世界だからこそ、生きるとは何なのかがさらに難しくなる」ところです。

死者を戻せる可能性がある。

では、戻せばすべて元通りなのか。

同じ人間として同じ時間を生きられるのか。

そして、誰も死なないことが本当に幸福なのか。

物語は、蘇生を便利なリセットボタンとして扱っていません。

そこに僕は、本作のダークファンタジーとしての強さを感じます。

一方、第9話で大きく動くのがシーナです。

セイランを失った経験を通じて、シーナはミミの「居場所」であり続けたいと考えます。

そこでフラン先生に、自分の魔法を見てほしいと頼みます。

シーナは攻撃魔法が得意ではありません。

ところがフラン先生によれば、シーナには治癒魔法の適性があります。

しかも公式あらすじでは、ミミの母親と同じ治癒魔法の適性があることが示されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

この展開、僕はかなり好きです。

なぜならシーナの成長を、「戦争が嫌いだった少女が強い兵士になる」という方向へ持っていかなかったからです。

学校では戦うための魔法が重視される。

でもシーナが見つけたのは、傷つけるためではなく治すための力でした。

もちろん、治癒魔法を覚えたから戦争そのものがなくなるわけではありません。

ミミをすべての危険から守れるとも限りません。

それでも、

「私に何ができるだろう」

と考えて、自分なりの方法を選んだ。

これはシーナにとって非常に大きな一歩です。

序盤のシーナには、たくさんの「したくない」がありました。

戦いたくない。

死にたくない。

人を傷つけたくない。

けれど、それだけでは世界に流され続けてしまいます。

第9話で初めて、

「私は誰かを治したい」

「ミミのそばにいたい」

という「したい」が生まれる。

僕はこの変化こそ、シーナの成長の本質だと思っています。

強くなることだけが成長ではありません。

自分が持つ力を、何のために使うのか自分で選べるようになることも成長です。

戦争のために魔法を教える学校の中で、シーナが「誰かを守るために魔法を使いたい」と考える。

同じ魔法でも、その意味を自分で取り戻そうとしているように見えるんですよね。

※画像はAIによるイメージ

アニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』はどこまで進んだ?第9話と第10話を整理

2026年9月6日時点では第9話「わたしの魔法」まで放送済みで、第10話「忘れない日」の公式あらすじも公開されています。

アニメは2026年7月7日から、AT-X、TOKYO MX、WOWOWほかで放送を開始しました。公式発表では毎週火曜24時30分からの放送と案内されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

第9話までの大きな流れを整理すると、次のようになります。

  • シーナがルームメイトを戦いで失う
  • 血まみれで戻ってきたミミと出会う
  • ミミがシーナのクラスと部屋へやってくる
  • 学校の「秘密兵器」と呼ばれるミミの力が見えてくる
  • 共同生活の中でシーナとミミの距離が縮まる
  • セイランとアリの関係が描かれる
  • セイランの死によって、少女たちが喪失と向き合う
  • 蘇生魔法が物語の重要な要素として浮かび上がる
  • シーナがミミのそばにいるため治癒魔法を学び始める

つまり現在は、単に「シーナとミミが知り合う序盤」を越えています。

2人にとって、相手がいなくなることを想像したくない存在へ変わり始めた段階です。

そして次の第10話「忘れない日」では、この関係がさらに面白い方向から描かれそうです。

公式あらすじによれば、シーナは治癒魔法を学ぶため、フラン先生のもとへ通い始めます。

ところがシーナが勉強に時間を使えば、そのぶんミミと一緒にいられる時間は減ります。

ここに、すごく『きみ死ぬ』らしい皮肉があります。

シーナはミミのそばにいるために努力しているのに、その努力のせいで今はミミのそばにいられない。

世界を救うほど巨大な問題ではありません。

でもミミにとっては重大です。

退屈していたミミは、身体の弱いクラスメイト・ハルと出会います。

その後シーナがやってきてハルの体調を気遣うと、ミミは複雑な思いを抱くことに。

さらに翌日、ハルの代わりに本を返すため、シーナとミミは地下書庫を訪れ、そこで転倒してしまう――という内容が第10話の公式あらすじとして公開されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

戦争。

死別。

蘇生。

ここまで重いテーマを扱ってきた作品で、今度ミミの心を揺らすのが「シーナが別の子を気遣う」という身近な出来事なのが面白いところです。

僕はこの振れ幅こそ、本作の魅力だと思っています。

人間は世界の大問題だけを考えて生きているわけではありません。

戦争が続いていても、お腹は空く。

友達とは話したい。

好きな人と一緒にいたい。

自分以外の誰かを気にかけていれば、ちょっと寂しくなることだってある。

こうした「普通の少女らしさ」が残っているから、シーナたちは兵器ではなく人間なのだと感じられます。

さらに第8話から第10話までの流れにも注目です。

大切な人を失う。

残された人が悲しむ。

その悲しみを見て、シーナが自分にできることを探す。

ところが努力を始めたことで、ミミとの日常にも新しい変化が起こる。

つまり物語が「悲劇→解決」ではなく、「悲劇→選択→日常の変化」としてつながっています。

この構成のおかげで、セイランの出来事が終わったエピソードとして切り離されません。

一度起きた喪失が、その後の人物の行動を変え続けるんです。

僕はこういう「過去の出来事がキャラクターの中に残り続ける作品」が大好きです。

人は大きな出来事を経験しても、次の日から別人になるわけではありません。

少しずつ選び方が変わり、相手への接し方が変わる。

『きみ死ぬ』は、その小さな変化を丁寧に拾っている作品だと感じます。


『きみが死ぬまで恋をしたい』は百合アニメ?重いのに惹かれる理由を考察

少女同士の恋愛や強い感情が物語の中心にありながら、本作が描いているのは恋の成就だけではなく、「好きな人ができることで生きる理由まで変わる」過程です。

原作は「コミック百合姫」に連なる作品で、シーナとミミを中心とした少女同士の関係性が物語の大きな軸になっています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

そのため百合作品を探している人にとって、注目したいアニメであることは間違いありません。

ただ、「女の子同士の恋愛を楽しむアニメ」とだけ説明すると、本作の独特な味わいは十分に伝わらないと思います。

普通の学園恋愛作品なら、

「相手も自分を好きなのか」

「告白できるのか」

「付き合えるのか」

といった悩みが恋愛の中心になるでしょう。

『きみ死ぬ』にも、もちろん相手を意識したり、距離の近さに戸惑ったり、嫉妬に近い感情を抱いたりする少女らしい部分があります。

しかし、そのさらに根底には別の問いがあります。

「そもそも、この人は明日もここにいるのか?」

これがあるから、何気ない日常がとてつもなく重くなるんです。

一緒に食事をする。

隣で話す。

帰ってくるのを待つ。

同じ部屋へ戻る。

「ただいま」と言う。

こうした学園アニメでは当たり前に流れていきそうな時間が、本作では特別な意味を持ちます。

明日も続く保証がないからです。

そして、この構造をもっとも象徴している存在がミミだと僕は考えています。

強く、何度でも戦場へ向かえるように見えるミミ。

しかし「死なないこと」と「明日を楽しみにすること」は別です。

命が続くことだけで、人は生きたいと思えるわけではありません。

シーナと暮らし始めたミミには、

一緒にいたい。

離れていると退屈する。

別の人を気にしていると気になる。

帰る場所ができる。

そんな感情が少しずつ増えていきます。

一見すると子どもっぽくて、かわいらしい感情ですよね。

でも僕は、ここがとても重要だと思っています。

「明日もシーナと一緒にいたい」と思えるなら、それは立派な“明日を迎えたい理由”です。

強大な使命なんて必要ない。

世界を救いたいから生きるのではなく、好きな人と朝ご飯を食べたいから明日も生きたい。

そんな小さな願いを、この作品は決して小さなものとして扱っていません。

シーナにも同じ変化があります。

最初のシーナが強く感じていたのは、

「私は死にたくない」

という恐怖です。

それは当然でしょう。

14歳の少女が、戦争のための兵器として育てられているのです。

死にたくないと願う方が自然です。

ところがミミと出会い、セイランとアリの出来事を経験すると、シーナの願いは少しずつ広がります。

「自分が死にたくない」から、

「ミミと一緒にいたい」

へ。

これは似ているようで大きく違います。

前者は恐怖から生まれた願い。

後者は愛情から生まれた願いです。

僕は、『きみが死ぬまで恋をしたい』が描く成長はここにあると感じています。

強敵に勝てるようになることではない。

怖がらなくなることでもない。

怖いままでも、大切な人と生きるために何かを選べるようになる。

それがシーナの強さなのではないでしょうか。

そしてタイトルの『きみが死ぬまで恋をしたい』も、この世界を知ってから見ると響き方が変わります。

「死ぬまで好き」という言葉だけなら、永遠の愛を表したロマンチックな言い回しにも聞こえます。

でも、この世界では「死ぬまで」が決して遠い未来とは限りません。

明日かもしれない。

もっと先かもしれない。

いつ終わるのか誰にも分からない。

だから僕には、このタイトルが永遠を約束する言葉というより、終わりがあるからこそ今日の相手を選び続けようとする言葉に見えます。

ここには、本作ならではの恋愛観があります。

さらに注目したいのが、蘇生魔法との対比です。

蘇生魔法は、ある意味では「死の先まで命をつなごうとする力」。

一方、シーナとミミの関係は、「限られているかもしれない今日を大切にすること」です。

時間を長くすることと、時間に意味を与えること。

この2つは同じではありません。

だから今後の物語を見るときは、

「死なないためには何が必要か」ではなく、「生きたいと思うためには何が必要なのか」

という視点を持つと、本作がさらに面白くなると思います。

僕自身、このアニメで強く胸に残るのは、派手な魔法や戦闘以上に静かな場面です。

誰かを待つこと。

一緒に食べること。

隣に座ること。

帰ってきた相手を迎えること。

戦争という大きな悲劇を描きながら、それに対抗するものとして置かれているのが「普通の日常」なのがいいんですよね。

僕なりに言えば、『きみ死ぬ』は残酷な世界を見せるための物語ではなく、残酷な世界だからこそ消えない日常の価値を描く物語です。

暗い設定なのに、見続けたくなる。

悲しい話なのに、どこか温かい。

その理由は、作品の視線が「人は死ぬ」という事実だけではなく、最後まで「それでも誰かを好きになれる」という側へ向いているからではないでしょうか。


まとめ|『きみが死ぬまで恋をしたい』は「一緒に生きたい」を見つける物語

『きみが死ぬまで恋をしたい』のあらすじを一言でまとめるなら、戦争用の兵器として育てられる14歳のシーナが、秘密兵器と呼ばれるミミと出会い、死と隣り合わせの世界で「誰かと一緒に生きたい」という願いを知っていく物語です。

舞台となる学校では、少女たちが戦争のために魔法を学びます。

シーナはそんな環境を当たり前とは思えず、死や戦いに恐怖と違和感を抱いていました。

そこへ現れたのがミミです。

圧倒的な戦闘能力を持ちながら、普段は無邪気で明るい少女。

2人は同じ部屋で暮らし、食事をし、相手の帰りを待つようになります。

そしてセイランとアリの物語によって、大切な人が突然いなくなる現実を知る。

その経験を経た第9話では、シーナがミミのそばにいるため、自分に適性のある治癒魔法を学び始めました。

ここが大切です。

シーナは最強の兵士になる道を選んだわけではありません。

自分にできる方法で、大切な人のそばにいることを選んだ。

世界全体から見れば小さな決断かもしれません。

でもシーナ自身にとっては、「戦いたくない」と拒むだけだった少女が「私はこうしたい」と初めて前へ進む大きな一歩です。

そしてミミにも、シーナと過ごす日常を特別だと思う感情が育っています。

「死なない少女」が誰かと明日も一緒にいたいと思う。

「死ぬのが怖い少女」が、自分だけではなく誰かと生きたいと思う。

この正反対の変化が重なるところに、『きみが死ぬまで恋をしたい』最大の魅力があります。

百合作品が好きな人はもちろん、ダークファンタジー、少女たちの成長、じっくり変化するキャラクター同士の関係を楽しみたい人にも注目してほしい作品です。

戦争と死がすぐそばにある物語だからこそ、胸に残るのは残酷な光景だけではありません。

「今日も隣にいる」「帰ってきてくれた」「明日も一緒にいたい」と思えることの尊さ。

そこに気づいたとき、『きみが死ぬまで恋をしたい』というタイトルは、最初に見たときよりずっと切実で温かな言葉に感じられるはずです。


よくある質問

『きみが死ぬまで恋をしたい』はどんなアニメ?

身寄りのない子どもを戦争用の兵器として育てる学校を舞台に、14歳のトツキ・シーナとカガリ・ミミを中心とした少女たちの関係を描く作品です。

戦争や死という重い題材と、食事、友情、共同生活、恋愛といった穏やかな日常が隣り合わせに描かれるのが特徴です。公式サイトでも、死と隣り合わせの日常を受け入れられないシーナがミミと出会う物語として紹介されています。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト

シーナは何歳?ミミとはどうやって出会う?

シーナは14歳です。

ルームメイトを戦いで失った日に、血まみれになったミミと出会い、その翌日にミミがクラスへ転入。さらに新しいルームメイトとなるところから2人の物語が始まります。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

アニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』はどこまで放送されている?

2026年9月6日時点では、第9話「わたしの魔法」まで放送されています。

次の第10話「忘れない日」では、治癒魔法を学び始めたシーナと、一緒に過ごせる時間が減って複雑な気持ちを抱くミミ、そしてクラスメイトのハルとの出来事が描かれる予定です。TVアニメ『きみが死ぬまで恋をしたい』公式サイト+1

執筆:涼風 結人(アニメ情報ナビゲーター)

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